名古屋大学(名大)は5月15日、「メラニン凝集ホルモン(MCH)」を作る「MCH神経」が睡眠・覚醒の制御に関わっていることを解明したと発表した。

成果は、名大 環境医学研究所 ストレス受容・応答研究部門 神経系分野IIの山中章弘教授、同・常松友美研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間5月14日付けで米神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

ヒトの睡眠には、脳が活動していて(夢を見ていてなおかつ眼球が動く)レム(REM:Rapid Eye Movement)睡眠と、脳が休息しているノンレム睡眠があることがよく知られている。必ずノンレム睡眠が先行し、その後にレム睡眠に移行し、約90分間のサイクルでどちらの睡眠も一晩に数回繰り返す。しかし、その両睡眠の切り替え時に脳内でどの神経細胞が働いているのかはよくわかっていなかった。

そこで研究チームは今回、本能行動の制御に重要な脳の領域である視床下部に局在しているMCH神経に着目。MCH神経は摂食行動やエネルギー代謝に関わっているとされる一方で、睡眠にも関わっていることなどがこれまでに報告されており、その生理的役割は研究者の間でも議論の的になっていたという。そこで今回は、MCH神経だけの活動を急性的に光で操作する技術と、MCH神経だけを慢性的に脱落させる技術を使って、MCH神経の生理的役割の解明が目指されたという次第だ。

MCH神経だけの活動を急性的に光で操作したり、MCH神経を慢性的に脱落させたりするために、今回の研究で新たに作出されたのが、3種類の遺伝子改変マウスだ。

1つ目のマウスは、青色光が照射されることで神経活動が活性化される光スイッチ分子「チャネルロドプシン2」(緑藻類「クラミドモナス」に由来する、陽イオンを通す膜タンパク質)をMCH神経だけに発現するというもの。このマウスの脳内に青色光が照射されてMCH神経の活動だけが活性化されると、レム睡眠の割合が約3倍に増えることが確認されたという。

また、ノンレム睡眠時にMCH神経を活性化させた場合には、速やかにレム睡眠に切り替わることも見出された。つまり、レム睡眠への誘導に成功したというわけである。このことから、MCH神経の活性化がレム睡眠へのスイッチとしての役割を持っている可能性が考えられるという。

2つ目のマウスは、緑色光が照射されると神経活動が抑制される光スイッチ分子「アーキロドプシンT」(古細菌に由来する、水素イオンを細胞内から外にくみ出す膜タンパク質)がMCH神経だけに遺伝子導入されたものだ。このマウスの脳内に緑色光が照射されてMCH神経の活動が抑制されたが、睡眠覚醒の状態に変化は見られなかったという。このことは、MCH神経の活動はレム睡眠を誘導するためには十分条件ではあるが、必要条件ではないことを示している。つまり、脳内にはMCH神経以外にもレム睡眠制御を担っている神経が存在している可能性があるというわけだ。

3つ目のマウスはMCH神経だけを特異的に脱落させたもので、細胞死を誘導できる「ジフテリア毒素A断片」をMCH神経に発現させ、その結果としてマウスの睡眠がどう変化するのかということが調べられた。MCH神経だけが脱落すると、1日の中で覚醒時間が増加し、ノンレム睡眠の時間が減少することが明らかとなった。予想されたレム睡眠への影響はまったく見られなかったという。このことから、MCH神経は長期的にはノンレム睡眠の制御にも関わっている可能性が考えられるとされた。

これら3種類の遺伝子改変マウスを用いた実験により、MCH神経は睡眠の制御に重要な神経であり、レム睡眠とノンレム睡眠の制御に関わっていることが明らかにされたというわけだ。今回のこの成果は、両睡眠を調節する神経回路とその動作原理を理解することにつながり、睡眠薬の開発など、今後の創薬に期待できるものと考えられるとしている。

今回の研究内容を表した模式図