連載『老後サバイバル』では、フィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史氏が、同社が勤労者3万人を対象に実施したアンケート結果などをもとに、退職後にいかに備えるかについて考察します。


年収×生活費水準×退職年数で計算

「退職した後の生活を考えると今の蓄えで大丈夫か心配だ」

こんな風に考える人は多いのではないかと思います。ただ、どれくらいあれば安心できるのかを知らなければ答えは見つからず、その懸念はいつまでたっても払拭されません。いや、しっかり調べてみれば意外にそれほど必要でもなく、「正体見たり枯れ尾花」といったことになるのかもしれません。

そこでまず、勤労者3万人に「退職の生活費の総額は公的年金以外にどれくらい必要か」を聞いたアンケート結果をみてください。全体の平均は2952万円ですからざっくりと3000万円が平均値だと言えるでしょう。ただ、よく見ていただくと、ちょっと不思議なことがわかります。3万人にも聞いたのに、年齢別、性別でみてもその平均値はほとんど違いがありません。3000万円±αといったところです。20代の男性と50代の女性がほとんど同じ退職の生活の必要総額を想定しているとは、ちょっと信じられないところだと思います。

公的年金以外に必要となる老後の資金総額

(出所)フィデリティ退職・投資教育研究所、勤労者3万人アンケート、2014年4月

これはもしかすると「1000万円では足りないが5000万円は用意できない」という枠にはまっている人が多いからなのかもしれません。もしそうだとすると、この3000万円は実は本当に必要な金額ではないかもしれません。いやその可能性が高いように思います。

しかし、もうひとつグラフからわかることが、年収が高い人ほど退職の生活に多くの資金が必要だと考えていることです。年収300万円未満の人は2500万円、年収1500万以上2000万円未満の人は5400万円となっています。人は良い生活を実現するために一生懸命働いてその結果、年収が増えていきます。その人が、退職したからと言って簡単にその生活水準から生活費のレベルを落とすことはできないものです。それを考えると、退職したらいくら必要かという金額は全体の平均を考えてもあまり意味がないことでしょう。

ならば自分の必要金額を自分で計算してみましょう。あくまでも大雑把な把握ですが、

*自分の退職後の生活に必要な資金総額=退職直前の年収×退職前後の生活費の変化×退職後の生活年数

で数値を入れてみてください。

「退職直前の年収」は自分が希望する50代後半の年収となります。50代には、高い年収を稼げるようになっていたいと思う気持ちもあるでしょうが、ある程度現実的なところを想像してください。平成24年の「民間給与実態統計調査」によると50代後半の男性の平均給与は618万円ですから、例えば600万円としてみましょう。

次は「退職前後の生活費の変化」は退職したことで生活費はどれくらい下がると思うかを考え、下がった後の水準を入れてください。勤労者3万人アンケートでは、「5割以上になる」と回答した人は全体の40.9%でしたが、私が家計調査をもとに計算した結果では68%でした。退職した人に聞くと「良くて7割、あまり変わらないんじゃないか」とみています。あんまり甘くみていると大変なことになりそうです。ここでは68%を入れてみましょう。

年金受取を前提にしても6000万円は自助努力

最後は60歳で退職したとして「その後何年生きるか」ですが、平均余命を前提にすると80歳代で20-25年を想像する人が多いと思います。しかし、平均余命というのは「半分がそれまでに亡くなり、半分がそれ以上生きる」ということなのです。より保守的に退職後の生活を考えるなら、5人にひとり、4人にひとりで生き残る程度の計算が必要です。簡易生命表から計算すると、女性で95歳、男性90歳くらいです。すなわち35年間くらいは考えておかなければならないでしょう。

そこで計算式に入れてみると、

  • 600万円×68%×35年間=1億4280万円

1億4000万円以上の資金が必要ということになります。もちろん、年収がもっと少なければ少なくなりますし年収がもっと多ければ2億円を超えることもあるでしょう。年収によって必要額が変わることは、アンケート野結果に沿った考え方です。しかし、それにしても予想外に大きな金額だったのではないでしょうか。

もちろん、ここから年金で受け取れる金額を差し引くことができます。例えば、厚生年金保険料をきちんと払っていれば、標準的な夫婦ふたりで受け取れる金額の総額を計算してみると、

  • 23万円×12か月×30年(65歳完全支給で95歳までを想定)=8280万円

差し引きすると、ちょうど6000万円が年金以外に必要な金額ということになります。アンケートの平均金額を大きく上回っていることがわかると思いますが、これが実は我々が直面している事実なのです。この6000万円を自分の努力を繰り上げなければならないというのが現実なのです。

執筆者プロフィール : 野尻 哲史

一橋大学卒業後、内外の証券会社調査部を経て、2006年からフィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長。大規模なアンケート調査をもとに投資家への提言をするなど、投資教育に従事。「退職金は何もしないと消えていく」(2008年) 、「老後難民 50代夫婦の生き残り策」(2010年)、「40代のサイフ」(宝島社、2012年)、「50歳から始めるお金の話し」(2013年2月、小学館文庫)など著書も多数。現在、日本アナリスト協会検定会員、日本FP協会、日本証券経済学会、行動経済学会などの会員。