大学でエジプト考古学を勉強しているという学生が、とても恥ずかしそうに「考古学に興味を持ったきっかけは、なんと……」と言うので、「わかった、『王家の紋章』だ!?」と叫んだら、「……え? 『インディ・ジョーンズ』なんですけど」と言われて、だいぶ恥ずかしかった。

しかし、漫画をきっかけに何かに興味を持って勉強しちゃったり、テニス部に入っちゃったり、囲碁を始めちゃったりする若者は多いはずだ。斯く言う筆者も、卒論で額田王なんてものを選んでしまったことがある。さいとうちほの『風の歌うたい』という漫画のせいだ。まー、奈良時代の資料なんて大して数がないので、えらく貧相な卒論になりましたが。

その他、吉野、南北朝、水琴窟といった言葉にはピリピリと反応してしまう。『雪紅皇子(ゆきくれないのみこ)』という漫画のせいだ。これは『夢の碑』というシリーズのひとつ。なんだかホモの話が多いこのシリーズの中で、珍しく男女のレンアイを描いていて、シリーズ中もっとも好きなお話だ。

舞台は後南朝時代、吉野の里だ。南朝最後の帝、深日宮自天王(ふかひのみや みちひろおう)の弟さん、映宮忠義王(はゆるのみやただよしおう)をめぐるお話である。ちなみにこれらの名前は架空らしくて、文献に残ってるのは自天王、忠義王という名前で、読み方は不明らしい。

だいたい奈良時代の昔から、負けたり隠れたりするヤツは吉野に行く決まりだ。吉野というのは、人が逃げたり隠れたりするアンニュイな地なのだ。よって3編のお話からなる『雪紅皇子』も、胸が痛くなるほど切ない話ばっかりだ。誰でも恐らく、大して歴史に詳しくなくたって、南朝は滅びちゃうんだってことは何となく知っている。その南朝最後の人たちの話だというのだから、最後まで読まずともアンニュイな気持ちでいっぱいだ。

『雪紅皇子』の最初の1編は、人の心が読める根姫(ねき)という少女が、その特殊な能力のせいで人々に忌み嫌われ、追われて吉野にたどり着くところから本格的に話が始まる。根姫の力は、南朝の帝こそ活かせるという。実際に会ってみると、根姫の力を見抜いたのは帝(深日宮)ではなく、アンニュイ端麗イケメンの映宮だった。

自分を受け入れ、認めてくれる端麗イケメンの映宮を、根姫は犬のように慕う。一方で、我を表せず、兄帝のため、影として力を尽くす映宮は、頼れる者もなく孤独だ。自分を無邪気に慕う根姫には心が温められ、2人は隙間を埋めるように強く結ばれる。このあたりの2人の関係は、女の萌え心を激しく揺さぶるはずだ。少女漫画では、手を変え品を変えては「絶対無二」の関係が描かれるからだ。2千年前から運命だったとか、俺の傷がわかるのはあいつだけ、みたいな。

さてこの映宮は、漫画では端麗イケメンのくせに山岳戦の達人ということになっている。この漫画を読んで南朝最後のアンニュイ兄弟に胸を焦がしつつ永井路子の『銀の館』かなんかを読んでたら、映宮と帝が出てきて大喜びしたことがある。しかし読み進めてみると、「吉野の田舎に隠居してた2皇子はヒ弱っ子で、よれよれの剣さばきでとっとと切られた」みたいに書かれてて深く傷つき、そっと本を閉じた覚えがある。やっぱり漫画は夢があっていいな。
<つづく>