とある男と、昔付き合っていた女が違う男と結婚したとかで、その式に参加したその男が、こんなことを言っていた。「式の最中、ずっと俺のこと見てるんだよー。もう俺とは終わったはずなのに」。心の底から寒い風が吹き出してきた。「ずっと見てた」のがホントかどうかも怪しいけど、よしんばホントだったとしても、女の心中はこうだ。「ホラ見てよ、私の幸せな姿。あんたのときとは大違いなの」。

男というのはおめでたくて、一度付き合った女は生涯自分を好きだと思いたいらしい。だけど「距離の離れた男のことなんか、待ちゃーしねーよ」というのが、『雪紅皇子』の第2話、第3話の話だ。

第2話は『水琴窟』。映宮に仕える振矢は、心酔する宮の世話のために吉野に住み込み、婚約者の真葛のところへ滅多に帰らない。真葛は、今すぐ、宮か自分か選べと言う。現代風に言えば、「仕事と私、どっちが大事なの?」という話である。しかし振矢は、どちらも選べないのだ。宮はかけがえのない主、好きな女は真葛、ベクトルの違う話だと言う。

しかし女にとってはそうじゃない。女は、いつだって自分のことを一番に考えてほしい。自分を好きだというのなら、それを行動で示してほしい。振矢には、自分に我慢を強いるだけではなく、自分を思いやってほしかったのだ。結局、真葛は振矢に別れを告げ、自分を慕う金持ち男と結婚する。

第3話は『上ゲ哥』。映宮と、子どものころ自分に剣術を教えた少女・歩鳥との恋の話だ。身寄りのない忍者の末裔である歩鳥は、自分と宮との身分の違いを慮って(歩鳥のほうが年上だったし)身を引き、宮の前から姿を消してしまう。歩鳥を想い続けて大人になった宮と歩鳥が再会してみると、彼女には絵に描いたようなダメ夫ができていた。

どっちも「距離を置いたら女に男ができました」というお話である。しかし、これが胸熱くする少女漫画になっているのは、真葛にしろ歩鳥にしろ、彼女たちはとても一途だからだ。世の中には打算的な女はいっぱいいるけど、彼女たちはいつまでも初恋の男が忘れられない。

だったら待っとけと言われるかも知れないが、女は自分と向き合い、添ってくれる男といるのが幸せなのだ。

真葛は、仕事熱心な振矢を責めるのは間違っている。けれども待っているだけでは、自分の幸せはやってこないことがわかっている。歩鳥は、自分が本気になればなるほど、身分の違いといういかんともしがたい理由で宮に別れを告げられるのが怖い。金持ち男とダメ夫との違いはあっても、彼女たちが選んだのは、自分を想い、大切にしてくれる男たちなのだ。

この2話は、「想い合っている男女が一緒になれない」悲しい話だ。だけど振矢が真葛を吉野にさらっていけば問題は解決したはずだ。映宮が真葛の行方を捜して追いかけたら、彼女は戻ってきたはずだ。女は自分に対する男の熱意が見たいのだ。

だけど、そういう簡単なことが上手く行かないから、恋愛は難しい。女には見えているたったひとつの願望を、男が叶えてあげられるかが、恋愛成就の基本なのかもしれないな。
<『雪紅皇子』編 FIN>