【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

新婚生活で頭を悩ますことのひとつに、家具や電化製品の配置がある。僕とチーの場合もそうだった。僕らの新婚家庭は2LDKのマンションであり、寝室と書斎に関しては早々と配置が決まったのだが、残るリビングダイニングは非常に難しかった。

ここは夫婦の憩いの場であるだけでなく、客を招くときにもっとも目に触れる場所でもあるため、それなりに対外的な印象の良さ、いわゆる見栄という厄介な自意識も絡んでくる。要するに機能的にも精神衛生的にも過ごしやすく、尚且つ他人にどう見られるかというファッション性にも優れていないといけないわけだ。

上記の中で僕がもっとも重視するのは機能性である。具体的にはテレビはもっとも観やすいところ、ソファーはもっともくつろぎやすいところ、その他の電化製品もとにかく使いやすいところに配置すべきだと思っている。精神衛生やファッション性は二の次だ。

一方、チーはどうか。彼女も機能性を重視する部分はあるのだが、僕の目には精神衛生とファッション性をより重視しているようにも見える。ソファーやカーテンの色を好きなグリーンで統一し、それを基調にしつつ、木製のテーブル類を配置。さらに壁にはカラフルなエスニック系の布(タペストリー?)を貼っており、とにかく色が豊富なのだ。

チーはこういう部屋のほうが精神的に癒されるのだろう。加えて、ファッション的にもそっちのほうが「かわいい」と思っているふしがあるため、客を招く際の自意識も満たされる。僕も特に異論はない。機能的であればなんだっていいのだ。

そんな中、ひとつだけ僕とチーが大揉めしたことがある。

それは電子レンジの配置についてだ。

僕は前述の通り、機能性を重視するため、電子レンジはキッチンの使いやすいところに配置するものだと思っている。ちなみに我が家はカウンターキッチンだ。

チーは電子レンジをカウンターキッチンのシンクの横、すなわち調理スペースの隅に置いた。正直、僕は納得がいかなかった。なぜなら、電子レンジは結構場所をとるため、そこに置くことによって調理スペースが狭くなる。どう考えても機能的じゃないだろう。

すると、そんな僕の気持ちを察してか、チーはこう弁明した。

「これはとりあえず暫定措置ね。数日考えて、もっと最適の配置場所を見つけるから」

なるほど、そういうことか。それならばチーの言う通り、数日待つことにしよう。

しかし、二週間ほど経過しても、電子レンジは同じ場所のままだった。その間、チーは最適の場所を考えているようには見えない。家事と会社勤めという忙しい生活を送っているからか、なんとなくそれを後回しにしているように感じたのだ。

これが在宅仕事の僕にとってはストレスだった。チーと違って在宅時間が長いため、調理スペースの大部分を占有した電子レンジが気になって仕方ない。しかも僕の場合、昼食は自分で作るのだ。この狭い調理スペースでは、野菜を切るのもひと苦労である。

そこである日の昼下がり、僕は会社にいるチーに内緒で勝手に電子レンジを移動してやった。そう、実は以前から考えていたのだ。カウンターキッチンの向こう側、つまりカウンター部分の隅に電子レンジを置くことが、機能的にはもっとも適していると――。

ところが、チーは帰宅するなり激怒した。

「なんで勝手に電子レンジ、動かしてんの!?」

「いや、だってチーがいつまでたっても電子レンジの置き場所を決めないから……」僕は必死で弁解する。「それにどう考えても、このカウンター部分しかないじゃんっ」

僕には確かな理屈があった。チーに反論されることは想定の範囲内であったため、それならばいかに他の候補案、代替案がないかをとくとくと説明したわけだ。

しかし、それでもチーは納得がいかない様子だった。下唇を豪快に剥きながら、あからさまに不機嫌な顔で、カウンターの隅に置かれた電子レンジを眺めている。

「何が嫌なんだよ? 理由を教えてくれ。料理に不都合なことでもあるのか?」

そう訊ねると、チーは絞り出すような声で言った。

「なんかイヤなの……」
「は?」
「"なんとなく"ここはイヤなの!」

ダメだ――。その瞬間、僕は白旗を上げた。そうだった。チーにはこれがあるのだ。合理性だとか機能性だとか、そういう正当な理論がまったく通用しない、ともすれば精神世界とも言える特有の基準。それが、この「なんとなくイヤ」なのだ。

チーはただでさえ几帳面で神経質な細かい女性である。それに加えて、理屈を超えた「なんかイヤ」を繰り出されると、僕はたちまち言葉を失ってしまう。

かくして山田家の電子レンジ問題は、再び暗礁に乗り上げた。これが解決したのは、まだまだ先の話である。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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