連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


なぜこんなに円安が進んだのか?

円安が一段と進行しています。先週の外国為替市場で1ドル=124円台まで円安が進み、2002年12月以来、12年半ぶりの円安水準となりました。円安の追い風を受けて株価の上昇も続いており、日経平均株価は1988年2月以来、27年ぶりの12日連続上昇を記録しました(6月1日現在)。

なぜこんなに円安が進んだのでしょうか、そして円安はまだ続くのでしょうか。その答えを探すには、日本経済に起きている歴史的な変化に目を向ける必要があります。

ここへきての円安の直接のきっかけは、5月22日に米国FRB(連邦準備理事会)のイエレン議長が年内利上げを示唆する発言をしたことです。米国が利上げすれば、米国の金利が上昇してドルの魅力が高まりますから、ドルが買われやすくなります。そのためドル買い・円売りの動きが強まったのです。特に短期売買で利益を上げようとするヘッジファンドなど大口の海外投資家が一斉に円売りに動いたため、円安に勢いがつきました。

しかしこうした動きの背景にはアベノミクスによって円安が進んできたという大きな流れがあり、それがまだ続いていることを示しています。2012年末の安倍内閣発足までの長い間、為替相場は1ドル=80円前後の円高が続いていましたが、2012年12月以降、急速に円安が進みました。アベノミクス「第1の矢」・金融緩和によって日銀が円資金の供給を増やしたことで、いわば円の値段が下がったのです。それ以来、円はすでに40円以上の円安となっているわけです。

円安と株高が"セット"で起きている

これほど大幅な円安は輸出企業の業績回復をもたらし、株価上昇と景気全体の回復のけん引役ともなりました。今回、12年半ぶりの円安と連動して、日経平均株価が27年ぶりの12日連続上昇となっていることも偶然ではありません。円安と株高は"セット"で起きているのです。そしてその動きは一時的なものではなく、相場の基調そのものが歴史的な転換を遂げている点を見過ごしてはなりません。

この連載で以前、今回の日経平均2万円回復が過去3回の株価回復局面と決定的に異なることを強調しました(本連載第16回ほか)。おさらいしますと、バブル崩壊後の3回の株価回復のピークは次の通りでした。

  • (1)1996年6月:2万2666円

  • (2)2000年4月:2万0833円

  • (3)2007年7月:1万8261円

このように株価が回復しても、いずれも前回の回復のピークに届かないまま終わってしまった、つまり回復のピークがだんだん下がっていき、右肩下がりのトレンドが続いていたのでした。つまり長期下落トレンドから抜け出せないでいたわけです。それが今年2月に前回(3)のピークを超えて、4月には2万円の大台を回復しました。前回のピークを上回るのは、実はバブル崩壊後で初めてのことです。そして今や、前回どころか前々回(2)のピークに迫っています。これは長年続いた下落相場に終わりを告げて長期的な上昇相場に入ったことを示しているのです。日経平均が(2)を上回るのは時間の問題でしょうし、早ければ年内にも(3)を超える可能性もあると見ています。そうなれば、名実ともに上昇相場に入ったことが誰の目にも明らかになるでしょう。

為替相場も、株価のこのような動きと連動して転換が進んでいるというのが私の見方です。為替相場の長期的な推移を見ると、実は日経平均のパターンと似ています。為替相場は1985年のプラザ合意から本格的な円高が始まりましたが、その後これまでに4回の本格的な円安局面がありました。それぞれの円安のピークは以下の通りでした。

  • (1)1990年4月:160円台

  • (2)1998年8月:147円台

  • (3)2002年2月:135円台

  • (4)2007年7月:124円14銭

これを見ると、過去4回の円安局面ではいずれも前回の円安のピークに達しないまま終わっていたことが分かります。グラフを見ると、円安のピークがだんだん切り下がって、長期的な円高基調から抜け出せないでいた姿が見えてきます。

ところが今回は初めて、前回の円安のピーク(4)より円安になったのです。まさに株価と同じパターンです。この意味するところは、今の円安が一時的なものではなく、為替相場の基調が円安トレンドに転換した可能性を示しているということです。

実は「デフレだから円高」だった

これは日本経済の構造的な転換とも関連しています。円高時代に話しを戻しますと、当時の日本経済はデフレでした。だから「デフレで日本経済が低迷しているのに、その国の通貨が買われて円高になるのは理屈に合わない」と思った人は多かったのではないかと思います。そのようなメディアの論調もありました。しかし実は「デフレだから円高」だったのです。

どういうことか説明しましょう。たとえばデフレによって、リンゴ1個の値段が100円から50円になったとします。この場合、100円というおカネはリンゴ1日分の価値から2個分の価値に上がったことになります。つまりデフレによって物価が下がると通貨の価値が高まるという関係なのです。経済の基本原理から言えば、デフレの国の通貨は上昇し、インフレの国の通貨は下落します。

つまり、デフレ陥った日本の通貨・円は上昇するという構造が出来上がっていたのです。逆に日本がデフレから脱却すれば物価が上昇し、通貨・円は下落するというのが経済原理なのです。言葉を換えれば、最近の円安は日本経済のデフレ脱却に向けた動きを市場が読み取っていることを示しています。

円安のピークである135円程度が次の節目か?

こうしてみると、円安の流れは株高と連動してしばらく続く可能性が高そうです。ここまで円安となったこと自体がさらに輸出企業の収益を拡大させることにつながります。自動車や電機大手各社の多くは今年度の為替レートについて1ドル=115円程度を想定していますので、現在程度の円安が続けば年間で10円近くも余裕ができることになります。トヨタ自動車の場合、1ドル=1円の円安で年間利益が350億円もの増益要因になるそうですから、今年度の利益見通しが単純計算で3500億円も増えることになるのです。このように円安がさらなる株価上昇と景気回復につながる可能性が高いと見ています。

ではどこまで円安は進むのでしょうか。予測は難しいのですが、アベノミクス以後の円安の動きを振り返ると一つのヒントが見えてきます。この2年半の円安は実は一本調子ではなく、円安進行と一進一退を2回ずつ繰り返してきました。まず2012年11月末から2013年5月までの約半年間で、1ドル=80円前後から102円台まで一気に20円前後の円安となりました。その後は一進一退が続いた後、2014年9月頃から同年12月頃まででさらに約20円の円安がすすんで120円前後をつけました。そして今年に入って120円前後から118円台前後で推移していましたが、ここへきて124円台まで円安になったという経過です。

こうしてみると今の動きは円安の第3波といえます。そうだとすれば、120円から20円の円安水準である140円程度まで円が下落してもおかしくないという解釈も成り立ちます。あるいは日経平均株価と同じパターンで考えれば、前回の円安のピークである135円程度が次の節目と見ることも可能でしょう。

米国政府の"介入"がありうる

ただし為替相場には、株価にはない要素があります。それは米国政府の"介入"がありうるという点です。

これも以前に書きましたが、米国政府はこれまでのところ円安を事実上容認しています(本連載第26回)。中国の海洋進出と影響力拡大を抑える必要から、米国も日米同盟強化に動いており、そのためには日本が経済の面でも力をつけることが重要になっているからです。円安は日本経済にとって全体としてプラスとなるため、米国政府はこれまで容認してきたわけです。

しかしここまで円安が進んでくると、さすがに米国の態度が気になります。円安、つまり米国から見ればドル高によって輸出産業にマイナスの影響が出始めていると言われていますので、120円台後半から130円を超えるような円安になっても、それを容認し続けるかどうかは微妙です。5月28日にドイツで開かれた日米財務相会談で「為替相場の急激な変動は好ましくない」との認識で一致したことは、その兆しと言えるかもしれません。当面は、米国政府高官などから円安をけん制する発言が出てくるかどうか要注意です。

日本にとっても円安が短期間で加速することは、輸入物価や原材料費の上昇につながり、景気への悪影響が心配になってきます。したがって今後は円安のペースが鈍ったり、場合によっては一時的に円高に戻る局面はありうるでしょう。しかし前述のように長期的なトレンド転換との観点から見れば、少なくともかつてのような円高に戻るという可能性はきわめて低いのではないかと思います。

このように為替相場は短期、長期の両面から見ていく必要があります(為替に限りませんが)。短期的な変動に気をつけながら、長期的なトレンドの変化をしっかり頭に入れて為替の動きを見ていくようにしましょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。