連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


日本の対外純資産が3年連続で過去最高、その3つの特徴・要因

財務省がこのほど発表した日本の対外純資産は2014年末時点で366兆8560億円で、前年末より12.6%増加して3年連続で過去最高、24年連続で世界1位となりました。対外純資産は、日本の政府や企業、個人が海外に持つ資産から負債を差し引いたもので、いわば日本が海外にもっている「正味の資産」。このデータから、日本経済が元気を取り戻しつつある姿が浮かび上がってきます。

対外純資産は24年も連続して世界一の座を守っているわけですが、それでもその時々の日本経済を反映して増減を繰り返してきました。リーマン・ショックが起きた2008年にも減少し、その後も一進一退が続きました。しかしアベノミクスが始まった2012年以降は増加が大きくなっています。

最近の対外純資産の増加には、3つの特徴・要因があります。第1は、円安によって海外資産を円換算した金額が膨らんだことです。2014年末時点で日本が海外にもつ資産は前年末に比べて約147兆円増加しましたが、そのうちの約4割、64兆円は円安によるものです。つまり円安のおかげで資産の価値が64兆円も増加したことになります。こんなところにも、円安のプラス効果が表れていることがわかります。

第2は、その円安効果を差し引いても資産そのものが増えていることで、その中心となっているのが直接投資と証券投資の増加です。直接投資とは、企業などが海外に工場を建設したり海外企業を買収することを目的とする投資のことで、最近は日本企業が海外企業を買収するM&Aを活発化させていることが背景にあります。

また証券投資の増加は、日本の投資家が運用目的で海外の株式や債券への投資を増やしていることを示しています。最近の日本の株価上昇を背景に投資家の姿勢が積極的になっていることの反映でもあると言えるでしょう。

第3は、対外資産と対外負債の両方とも増加していることです。対外資産の増加は前述のように約147兆円ですが、対外負債の増加も約106兆円に達しています。対外負債の大幅増加の主な要因は、外国人投資家による日本株や債券への投資が増えたことです。これも日本の株価上昇によって外国人投資家が日本株への投資を増やしている姿を映し出しており、それがまた株価をさらに上昇させるという循環につながっています。

その結果、対外資産の増加の方が大きかったわけですが、資産、負債ともに大幅に増加したことは、日本経済が海外に向かって拡大軌道を歩んでいることを物語っています。

対外純資産の増加が日本経済にもたらす影響とは!?

それでは、対外純資産の増加は日本経済にどのような影響をもたらすのでしょうか。対外純資産とは言葉を換えれば日本が世界中にもつ財産です。そこから生み出される利益が日本経済をさらに潤すことになるのです。

たとえば、多くの日本企業がM&Aによって海外企業を買収し傘下に収めた結果、その企業が稼いだ利益は親会社である日本企業の収益となります。海外株式への投資も、その株価が上昇すれば利益が日本の投資家の手元に入ってくることになりますし、配当による所得も期待できます。

そしてそれら海外からの収益が国内に還流することによって日本の経常収支を支える役割も果たします。日本はこの数年、輸出から輸入を差し引いた貿易収支で赤字に転落しましたが、この海外からの投資収益が増加していることによって、貿易収支の赤字分を埋める結果となっているのです。海外企業へのM&Aが今後も増えることが予想されますので、投資収益もますます拡大することが期待されます。日本と言えば貿易で稼ぐ国でしたが、いまや収益構造が変化してきたともいえるわけです。日本経済という"木"が世界中に根を張り、そこから得る栄養分でますます成長していく姿をイメージすることができます。

このように、対外純資産のデータはアベノミクスによって日本経済が海外に打って出て元気を取り戻しつつある現状を如実に表しています。対外純資産はまさに日本経済成長の重要な基盤なのです。

財政赤字の問題を考えるうえで、一つの安心材料を提供

さらにこれだけ膨大な対外純資産があることは、実は財政赤字の問題を考えるうえで、一つの安心材料を提供してくれています。日本の財政赤字の残高は約1000兆円にのぼっていますが、対外純資産残高は367兆円。極論すれば、いざとなればそれら対外純資産で財政赤字の約3分の1は穴埋め可能という計算になります。もちろん現実には、対外純資産を全て売却することなど不可能ですが、財政赤字問題で過度な悲観論に陥ることなく冷静に議論するための材料にはなりうるでしょう。

このように日本経済にとって意味の大きい対外純資産ですが、問題がないわけではありません。その一つが海外リスクです。海外企業を買収してもすべてがうまくいくわけではありません。買収先企業の経営が思わしくなく、かえって親会社である日本企業の足を引っ張るケースもあります。最近、LIXILグループの海外子会社が経営破綻しましたが、まさにその代表例と言えます。海外でのビジネスや投資はこうしたリスクを抜きには考えられません。海外資産が増えれば増えるほどリスク管理もまた重要になってくるのです。それもまた日本経済が元気を取り戻すために通らなければならない道でもあると言えるでしょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。