高田明典『難解な本を読む技術』(光文社/2009年5月/820円+税)

世の中には1時間であっさりと読み切ることができる簡単な本がある一方で、読んでも読んでも文章がさっぱり頭に入ってこないという難解な本もある。いわゆる歴史的名著と呼ばれるような本は、圧倒的に後者のタイプが多い。たとえばカントの『純粋理性批判』やウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』は後世の思想家に大きな影響を与えた名著だと言われているが、とてもではないがスラスラと読めるようには書かれていない。

実は暇を持て余していた大学時代に、この2冊に挑戦したことがある。結果は惨敗だった。用いられている言葉の意味もわからなければ、論理展開も理解できない。そもそも、何を論じようとしているのかも判然としない。とりあえずわからないところは飛ばして先に進もうとするが、困ったことに延々とわからないところが続いて一向にわかるところがでてこない。途中から完全に文字を追うだけの「苦行」になり、あまりにもつらいので結局どちらも投げ出してしまった。

もし大学時代に本書『難解な本を読む技術』(高田明典/光文社/2009年5月/820円+税)に出会っていれば、ここまで惨めな読書体験にはならなかったかもしれない。本書は上述の思想書に代表されるような難解な本を読むための技術を、読書ノートの作り方などの実践例を交えながら解説したものである。実はこういった難解な本を読む技術は、学校などでもあまり系統立てて教えてはもらえない。難解な本を読めるようになった人のほとんどは試行錯誤によってこの技術を体得するが、本書を読めばそれよりもずっと効率的に難解本を読む技術が身につけられるだろう。特に難解な本を読む予定がないという人でも、本書を読めば「本読み」の奥深さに気がつくはずだ。

難解な本を読むにはそれなりの覚悟が必要

断っておくが、別に本書を読んだからといって難解な本をスラスラと娯楽小説を読むようなスピードで読めるようになるわけではない。難解な本を読むのには、やはりそれ相応の時間がかかる。本書では難解本を読むにあたって「予備調査」「選書」「通読」「詳細読み」の順に進めていく方法が紹介されているが、この読み方をすれば当然時間もかかるしかなり労力もかかる。このような読書に慣れていない場合、毎日2時間ずつ読書にあてるとしても、難解本を1冊読み切るには20日ほどかかるだろうと本書では試算されている。

しかも、このように丹念に時間をかけて難解本を読破したからといって、難解本の内容が100%理解できるようになることもない。そんなふうに言われてしまうと読む意欲が萎えてしまいそうだが、実際のところ難解本の内容を著者と同じレベルで100%理解することは誰にもできない(著者と完全に同化するレベルで理解したという気持ちになったとしても、それは「錯覚」であると本書は言う)。しかし、完全な理解はできなくても、思想や思考の方法を現実世界において使用できるレベルまで理解を深めることはできる。これが実現できれば世界の見方やものの見え方は大きく変わる。たとえ1冊でも、難解本をある程度理解することには大きな意味があるのだ。

読書は選書からはじまっている

素朴に読書という行為だけを取り出すと、普通は本を選ぶ過程はそこに含まれないようにも思えるが、本書ではこの「選書」の過程を読書の技術の重要部分と位置づけ結構なページ数を割いて解説している。ろくでもない本を選んでしまってはその後どんな方法で読書を行ったとしても何かを得ることは難しいし、たとえ名著でも自分の興味と遠い本を選んでしまったら読むのが苦痛になって投げ出してしまう。選書の際には自分の興味の中心をしっかり見据え、妥協しないことが大切だと本書は言う。これは言われてみればあたりまえだが、現実にはできていないという人も多いのではないだろうか。

たとえば、学校で教科書として一方的に指定された本を渋々と読んだり、仕事で使わなければならないという必要に迫られて仕事がなければ絶対に読まなかったであろう本を読んだりすることは少なくない。このような読書がいけないというわけではないが、もっと自由に自分の純粋な興味から出発する読書の時間があってもよいはずだ。これを機会に自分の興味の中心を問いなおしてみるというのもよいかもしれない。

「読まない」読書も重要

本書は基本的には難解本を読むための技術を紹介するものだが、応用編として「読まない」読書というものも紹介されている。もっとも、これは難解本を「読まない」ことを意味しているわけではなく、自分にとって意味のある名著(=難解本)を読むための貴重な時間を捻出するために、その他の些末な本にムダな時間を割かず、効率的に情報を摂取するための技術のことだ。ある分野について横断的に知識を得たいという場合、本書の紹介する「読まない」読書は大きな力を発揮するに違いない。

出版不況がずっと続いているということもあり、最近は本屋にいけばすぐに読みきれるような簡単な本ばかりが並んでいるのを目にするが、たまには読むのに何日もかかるような名著と格闘してみるのもよいだろう。本書はその最良のガイドとなるはずである。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。