奥田祥子『男性漂流 男たちは何におびえているか』(講談社/2015年1月/880円+税)

「男は仕事、女は家庭」といったように男女で明確に役割を切ってしまう考え方は、今ではもう時代遅れなものとされている。ネット上で「男性は(あるいは女性は)◯◯であるべきだ」と断定的に書こうものならかなりの確率で炎上は避けられないし、リアルの場でもこういった危なっかしい発言をする人はあまり見なくなった。かつては女性が中心的になることが多かった家事や育児に男性が参加することは珍しいことではなくなったし、女性が結婚後も仕事を続けることだって一般的になってきた。もちろんまだまだ課題は多いし諸外国に比べれば決して男女共同参画が進んでいるとは言えないのだが、社会全体の流れとしては、徐々に男女の役割の垣根が取り払われつつある。

それゆえ、現代の男性は、昔のように「男は強くあらねばならない」であるとか「女性(妻)を引っ張っていかなければならない」といったプレッシャーにさらされることはほとんどなくなった。そのかわりに、現代の男性は別のプレッシャーに晒されている。育児に参加する男性が「イクメン」とメディアで取り上げられるようになったことで「男も育児」といった新しいプレッシャーが生まれているというし、「婚活」という言葉が一般化したせいである程度の年齢になっても結婚していない男性は「結婚しろ」と周囲から迫られているような錯覚に陥るという。

今回取り上げる『男性漂流 男たちは何におびえているか』(奥田祥子/講談社/2015年1月/880円+税)は、こういった現代社会が与えるプレッシャーに中年男性がいかに苦悩しているかをテーマにしたルポタージュである。本書で取り上げられている男性たちはいずれも中高年(おおむね40歳ぐらいから60歳ぐらいまで)で、僕の年齢とはまだ乖離があるのでそういう点では当事者意識を持って読むことはできなかったのだが、それでも大いに興味をそそられる内容だった。人は誰でもいつかは中高年になるし、本書を読めば職場にいる世代の離れたおじさんたちのことが少しは理解できるようになるかもしれない。タイトルで食わず嫌いせず、ぜひ読んでみて欲しい。

悩みを抱えた中高年を定点観測

本書で取り上げられる中高年男性の悩みは結婚、育児、介護、老い、仕事と、いずれも一般的なもので、正直それほど目新しいとは言いがたい。それこそ週刊紙はしょっちゅうこういったネタで特集を組むので、本書もその類だろうと思ってしまう人がいるかもしれない。しかし、その認識は正しくない。本当に取材したのかすらあやしい煽るのが目的な週刊紙の一発ものの記事と本書とでは、取材の質・量に圧倒的な差がある。

僕がまず本書ですごいなと思ったのは、取材の期間だ。本書では、ひとりの人物に対して5年から10年かけて継続的に取材が行われている。ある程度の長い時間軸で取材対象を定点観測することで、単発で取材しただけでは到底わかりようのなかったことが見えてくる。

たとえば、本書に出てくるある男性は、2004年には「俺は結婚できないんじゃなくて、結婚しないんだ」と豪語しているが、2007年になると結婚情報サービスに入会するようになり、2008年の婚活ブームでは手当たりしだいサイト上の女性に「申し込み」を行うようになる。その後もいろいろあって面白いのだが、続きは本書を読んでもらうとして、とにかくこのような定点観測的な取材は時間も労力もかかるので、なかなかできることではない。

決して他人ごとではない中高年の悩み

本書は中高年の抱える問題の切り口を結婚、育児、介護、老い、仕事といった形で整理しているが、実はこれらは各々が独立して存在しているわけではない。たとえば介護で深刻な悩みを抱える人はそのために仕事を辞めなければならなかったり、結婚を諦めなければならなかったりするなど、各々の悩みは連鎖し重層化する構造になっている。これは、結婚、育児、介護、老い、仕事のどれかひとつでも問題が生じると、芋づる式に人生がつらい局面に変化していくことを意味している。

仕事をしながら家族と共に生きていこうと考えるなら、上述の問題はだれもが無縁ではいられない。そういう意味で、本書に載っている数々の事例は、いずれも他人ごとではありえない。仮に今はまったく問題ないとしても、あと10年もすれば同じような状況に立たされる可能性は否定できない。その時に自分はどうやって問題に対処していくのか、本書を前に僕は深く考えこんでしまった。

中高年男性でない人こそ読むべき

本書のメインターゲットはやはり当事者である中高年男性ということになりそうだが、僕はそれ以外の人にも本書を強く勧めたい。たとえば若い男性が読めば自分の将来についてぼんやりとでも思いを馳せることになるだろうし、女性が読めば少しは男性を理解するための手立てになるかもしれない。その人の立場や状況によって、様々な読み方ができる一冊である。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。