コンビニエンスストアなどで販売されている菓子パンにも、トランス脂肪酸が使用されている場合がある

前回にトランス脂肪酸の危険性を再検討してみたところ、どうにも「センセーショナル」という言葉の「セ」の字もなくなってしまったわけですが、もし仮に規制が米国のみならず日本にも及んだ場合、私たちの生活にどのような影響が出てくるのでしょうか。

身の回りにあるトランス脂肪酸

トランス脂肪酸というのは、そもそも「代替バター」として戦時中に生み出された技術です。植物油に多く含まれるオレイン酸やリノール酸などのような常温では液体の油に対し、半固体、または固体の油脂を製造する際に用いる加工技術「水素添加」を行うと、分子の柔軟性が失われて常温で石けんのように固まる硬い油ができます。

しかし、そのままではおいしくありません。そこで水素添加をすべてに施さず、脂肪酸の二重結合を一部残して柔軟性を持たせることで、バターのような質感と性質を植物油から生み出すことができるのです。マーガリンで8%、ショートニングで15%ほどのトランス脂肪酸が含まれています。

コンビニエンスストアなどで、たまにかなりの高カロリー(1個あたり700~1,000kcal)のパンが売られているのを目にした方もいるでしょう。そのような製品は、サクサクとした食感を出すために大量のショートニングが使われているわけです。パン屋であっても、店によっては堂々と大量のショートニングを使ってクロワッサンを焼いていることもあるので、思いのほか、トランス脂肪酸は身の回りにあるといえます。

ちなみに、バターにも7%前後のトランス脂肪酸が含まれています。トランス脂肪酸を死んでも食べたくないという人は、バターはもちろん動物性脂肪も一切摂(と)るべきではないことになります。

そもそも、身の回りにトランス脂肪酸が増えたのは、動物性脂肪や動物性コレステロールを「悪玉」扱いし、一方で高リノール酸油脂を「善玉」と呼ぶキャンペーンを大々的に行い、「揚げ油に動物性油脂を使わないようにしよう」としたからです。その結果、今度はトランス脂肪酸を悪者呼ばわりしているのですから、なんとも変な話です。

チョコが食べられなくなる?

現在の世界中の安全評価をアメリカ抜きで見ると、「トランス脂肪酸の規制は急務ではない」という空気があります。それでも、先日のFDAによる米国でのトランス脂肪酸全廃のニュースや、さまざまな本・雑誌の影響によって、連日のようにテレビなどで危険性を問題視されたとしたら、世間的な規制のニーズが高まってきた時点で規制されるかもしれません。

ただ、いきなりトランス脂肪酸を日本から取り去ってしまうと、さまざま問題が起きるでしょう。例えば日本では夏になると、チョコレートの融点を変えるため、トランス脂肪酸を含んだ「ハードバター」というショートニングの親戚のようなものを添加して商品を安定化させています。

そのため、トランス脂肪酸排除によってチョコレートは食べづらくなりますし、ケーキの価格はとても手に届かないものになる可能性が濃厚です。既にアメリカでは、そのようなトランス脂肪酸を排除した商品を販売していますが、正直、味の面では「……」とならざるを得ない物が多いです。

食品と健康の関係

われわれの人生には、常に多くのリスクがあります。ストレスに飲酒、喫煙、大気汚染……。これらはすべて、健康を悪化させる確率を上げる"毒"と言えます。飲食物にも同じようなことが言えます。食品ごとに体に合う・合わないかを、自分の体をよく観察して知っておくべきです。

そしてハッキリしているのは、トランス脂肪酸も含め、油脂類は過剰に摂取しないほうが健康的であるということです。それゆえ、スナック菓子類を毎日食べるのは止めるべきですし、毎食後にケーキを食べるのもよくないわけです。

かといって、まったくのゼロにしてもよくありません。油脂類は必須栄養素ですから、ある程度摂取しないと体の再生に影響を及ぼし、どんどん老け衰えてしまいます。大切なのはバランスです。

毎食のようにカロリーを気にしていては、楽しい人生なんて送れませんよね? カロリーの摂取は1週間単位などのようにざっくりと考えましょう。同じように、油脂も撮(と)り過ぎたら、2、3日は油分少なめのあっさり食事に切り替えるなどして、体をいたわってあげましょう。

トランス脂肪酸と賢く付き合うには

トランス脂肪酸は、日本の食品科学においてはかなり重要な働きがあります。ボロボロとした口当たりのアメリカ版トランス脂肪酸フリーのショートニングやマーガリンは、お世辞にも日本人の味覚を満足させる完成度とは言えないでしょう。

健康被害に関しても、死に直結する心臓病やアルツハイマーといった重大な病気との因果関係がはっきり出ているとも言いがたいです(トランス脂肪酸を多く摂取しているということは、そもそもの脂肪の摂取量が圧倒的に多い、つまりは飽和脂肪酸こそ有害であるというすり替え論争にもなりかねないためです)。

現状としては、マーガリンを避けるよりも、安価なサクサクしたパンをお菓子代わりにバクパクと食べないことの方が大切でしょう。最近は、小さなクロワッサンにチョコレートなどを詰め込んだものが大量に売られていますが、そうした「隠れショートニング」を大量に摂取することは、健康面から考えてNGだというのはハッキリと言えます。

そしてトランス脂肪酸の危険性は、たばこや過度の飲酒のリスクと比べるまでもないわけです。「毎日たばこを吸ってビールを飲んでいるのに、マーガリンはちょっと……」というのは、ナンセンスだと思いませんか?

とはいえ、こうした研究は日進月歩のため、常識と言われていることがコロっと変わることもあります。トランス脂肪酸が規制されてから十数年後にアメリカから肥満が一掃されて、心臓病リスクが2018年を境に急激に減っていることが確認できたとしたら、そのとき初めてトランス脂肪酸が悪かったのかどうかがハッキリ見えてくるでしょう。

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筆者プロフィール: くられ

シリーズ累計15万部以上の『アリエナイ理科ノ教科書』(三才ブックス)の著者で、近著に発売3カ月で売り上げ6万部を突破した『薬局で買うべき薬、買ってはいけない薬 よく効く! 得する! 市販薬早わかりガイド』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。本連載に加え、食品関連の話題をギュっと詰め込んだ新作「本当にコワい? 食べものの正体 」(すばる舎)を10月15日に上梓。無料のメールマガジン「アリエナイ科学メルマ」も配信しており、好評を博している。