海賊版無償アップグレードはリップサービス?

既報のとおり、海賊版(非正規版)へのWindows 10無償アップグレードは見送られた。まずは経緯から振り返ろう。ことの始まりはMicrosoftが3月に中国・深センで開催したWinHEC 2015における、Operating Systems担当EVP Terry Myerson氏の発言である。Reutersは、Myerson氏が電話インタビューで「Windows 10へのアップグレード対象に海賊版Windows OSを含める」と説明したと報じた

MicrosoftのTerry Myerson氏(写真右)。今回あらためて海賊版ユーザーへのWindows 10無償提供を否定した

海外メディアの取材にMicrosoftの広報は、Myerson氏の発言を認める姿勢をみせていたが、その後「Windows 10にアップグレードしても、正規ライセンスではない」とアナウンスした。そこから約2カ月の沈黙を経て、Microsoftはブログで本件に関する公式発表を行った。

発言内容について大掴みにまとめてみよう。Microsoftは「Windowsを正しくインストールせず、ライセンスや改ざんの可能性を検知した際は、デスクトップにウォーターマーク(透かし)を作成し、ユーザーへアナウンスする」と述べている。ちょうどこれはWindows XPで行った「Windows Genuine Advantage Notifications」に似た対策機能だ。

厳密に述べればウォーターマークは電子情報の著作権保護のために用いることが多く、通常はユーザーに見えないようにするが、海賊版Windowsへの対策としてユーザーに正規ライセンスの購入をうながすという。ちなみに筆者も目にしたことはないが、Windows 7などにも同様の仕組みが組み込まれており、「This copy of Windows is not genuine」というウォーターマークが現れたスクリーンショットを掲載する掲示板もあった。

Windows XPの「Windows Genuine Advantage Notifications」。海賊版Windowsであることを検知するとログオン画面に現れる

ウォーターマークはデスクトップの右端などに示されるが、バージョン情報などとは異なるため、目に付くようなデザインを用いる可能性が高い

Microsoftが海賊版を許容することは、長年海賊版に悩まされてきた歴史を振り返ると考えにくい。しかし、中国市場において海賊版ユーザーを正規ライセンスに導くことで得られるメリットは大きく、ソフトウェア単体からプラットフォームから収益を得るビジネスモデルの変革を踏まえれば、昨今のMicrosoftならあり得る話でもある。

また、BSAグローバルソフトウェア調査2013コンプライアンスギャップによれば、2013年時点の中国における海賊版使用率は74%で世界4位(トップはベネズエラの88%)。2007年の同様の調査では、中国は82%だったことから率としては低下しているが、被害額は年々増加している。この様な背景と、中国市場を対象にした開発者向けカンファレンス開催にあたり、Myerson氏は3月、リップサービス的な発言に至ったのではないだろうか。

アジア太平洋における海賊版使用率および被害額。日本を含む各国の使用率は低下しているが、被害額はおおむね増加傾向にある(BSAグローバルソフトウェア調査2013 コンプライアンスギャップより)

繰り返しになるがMyerson氏は前述のブログで「非正規Windowsを搭載したデバイスに無償アップグレードは提供しない」と述べている。その上で重要なOEMパートナー数社と協力して、魅力的なアップグレードプランの提供予定があると説明した。そのプランが何を指すのか現時点では不明だが、Windows 7やWindows 8.1ユーザーに1年間限定で無償アップグレードを提供することを踏まえると、海賊版ユーザーにも同様に安価なアップグレードパスを提供してもMicrosoftの懐はそれほど痛まない。それはサポート終了後も使い続けるWindows XPユーザーにも当てはまるだろう。今この瞬間は多くのコンシューマーが正規料金を支払って得た権利と、公平性を欠くような施策が見送られたことに安堵することにしよう。

阿久津良和(Cactus)