グラスの中に「もう半分しかない」と考えず、「まだ半分もある」と考えることが大切だ

うつ状態が長期化してうつ病になると、抗うつ剤などの薬を服用することで治療を行うことが多い。その一方で近年は、思考や認識を変えることによってうつ状態から抜け出す治療法も行われるようになった。その思考法を桐和会グループの精神科医・波多野良二先生が解説してくれた。

認識を変えて、行動にも反映させる

うつの対処療法のひとつに、「認知する(認識を変える)、そして行動に移す」という「認知行動療法」がある。人は何かについて考える際、その人固有の「思考の癖」に基づいて考える。例えば、まじめで責任感が強い「メランコリー型」のうつ病の人は、「自責感」という思考・認識に基づいて、何か問題が起きるたびに自身を責める傾向がある。そういった「思考の癖」を改善して、物事を多角的かつ柔軟に考えられるよう、認識を変えて行動に移していくのが認知行動療法である。

コップに半分ある水をどう認識するか

認識の違いの具体例を波多野先生は説明する。

「例えば、コップに水が半分ある状況で、『まだ半分あるから大丈夫』と前向きに思う人もいれば、『もう半分しかない』と悲観する人もいるわけです。メールを出してもすぐに返事が来ないと、『嫌われているのかな』とすぐに不安になる人もいれば、『相手も忙しいのかな』と思っているうちに、メールを出したことさえ忘れてしまう人もいる。悲観的に考える癖を改めて、できるだけ楽観的な方向に認識を変えていくことで、うつは回避できます」。

九州だけでなく、東京にもファンクラブを!

波多野先生が実際に診察した患者さんにも、「認識の変化」によって劇的に症状が改善した女性がいたという。

都内在住の若い女性A子さんは、精神的にデリケートでストレス耐性が弱い。社会適応が難しく、家にこもりがちだった。そんなA子さんがインターネット上で某男性アイドルグループのファンクラブを立ち上げたところ、九州在住の入会者が多く、そのうちにA子さん抜きでその地域で会員たちが集まるようになり、親密になっていった。A子さんは自分だけ蚊帳の外で仲間外れにされていると感じ、絶望してしまった。

そのタイミングで、A子さんは波多野先生のもとへ診察に訪れた。

「どっぷりと落ち込んで『生きていたくない』とまで言う彼女に、『その地域の人たちが現地で楽しくやっているのなら、それはそれで彼女たちにいいことをしてあげてよかったな、と思いましょう。また新たにファンクラブを作ってしまえばいいじゃない。次は東京在住者限定のファンクラブにしたら? 』と気軽に言いました。すると、徐々に明るさを取り戻して、最後は笑顔で(A子さんは)帰っていったのです」。

自分の「思考の枠」から抜け出すのは簡単なことではないかもしれない。ただ、物事をちょっと違った角度から見ることによって、自分の思考や認識が変わり、その行動が変わってくるのも事実。悲観すべきことがあっても、できる限り前向きにとらえて沈み込まないことが、何よりのうつ予防法かもしれない。

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記事監修: 波多野良二(はたの りょうじ)

1965年、京都市生まれ。千葉大学医学部・同大学院卒業、医学博士。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、日本内科学会総合内科専門医。東京の城東地区に基盤を置く桐和会グループで、日夜多くの患者さんの診療にあたっている。