プロ登山家・竹内洋岳氏によるマナスル登頂のフィードバックを得て誕生した「PRX-2000T MANASLU」は、チタン製のベゼルや裏ぶた、ベルト、ザラツ研磨、サファイアガラス風防といった高級仕様と、薄型ながら二層液晶が採用された点で好評を得た。デジタル表現のアウトドアウオッチとして「名峰」を冠するにふさわしい製品だったが、カシオはそのころ、時計事業戦略のテーマをアナログ時計の開発にシフトしつつあったのだ。

カシオのアウトドアウオッチ「PRO TREK」、20年の進化を紐解く

■第1回 PRO TREK黎明期
■第2回 PRO TREK転換期
■第3回 PRO TREKアナログ化
■第4回 さらなる進化へ - トリプルセンサー Ver.3
■第5回 アウトドアウオッチのパイオニアでありトップランナー

PRO TREKアナログ化 ~ 計測情報をアナログの針で表現せよ!

PRX-2000T MANASLU

デジタルで時計市場を切り拓いてきたカシオ。しかし、デジタル時計とアナログ時計の市場規模には依然として大きな隔たりがあった。アナログ時計は時計市場の数量で8割、金額ベースで9割以上を占めるとも言われる。時計事業の拡大を目指す以上、カシオはアナログ時計の開発に舵を切る必要があった。

もちろん、それだけではない。デジタル時計とアナログ時計では時間を把握するための論理が異なる。デジタル時計では時間を数値的に足し引きしながら計算するのに対して、アナログ時計では針の移動量や角度もしくは傾きから、時間を感覚的に把握する。どちらを好むかは人それぞれだが、常に時間を意識して行動する登山においては、アナログ時計を求める声が根強かった。PRO TREKにアナログのラインナップが加わるのは、必然の成り行きだったと言えよう。

カシオ計算機 時計事業部 モジュール開発部 牛山和人氏

牛山氏「アナログ針で時間を把握したい人は、PRO TREKがデジタル時計としてどんなに進歩しても、決して手に取ってはくれません。それなら、アナログを求める人々のためのPRO TREKを作ろうということになり、開発に着手しました。幸い、カシオにはメタルアナログウオッチ『OCEANUS』(オシアナス)で培ってきたアナログ時計の技術がすでにあり、アナログ化は可能だったのです。」

こうして2010年に発売されたのが「PRW-5000」である。アナログ針による時計表示に加え、秒針を使った方位計機能や高度差表示などを搭載。6時位置には高度や温度などの計測値を表示するデジタル窓を配置した。複数の針を独立駆動させるマルチミッションドライブによる針の自在な制御と、得意のデジタル表示を併せ持つ、カシオらしい製品だった。

樹脂バンドのPRW-5000

チタンバンドのPRW-5000T

しかし、竹内氏は「PRW-5000は自分のヒマラヤ登山で使えない」と言い切った。理由はやはり、14.3mmというケース厚だ(PRW-1000とほぼ同じ)。事実、PRW-1300以降、ほとんどのモデルとともにヒマラヤの山々に登っている竹内氏だが、PRW-5000のみ使っていない。

一方で市場からは、PRO TREK初のアナログ/デジタルコンビネーションモデルとして歓迎されたという。中には、液晶パネルが小さいことや、液晶位置に針が重なったときに見にくいといった点を指摘する声も聞かれたが、アナログとデジタルの利点を兼ね備えたコンビネーションモデルの需要を示す意見でもあったのだ。これはのちに、後継機「PRW-6000Y」の開発へとつながっていく。

PRW-5100-1JF

PRW-6000Y-1

PRW-6000Y-1A

ただ、「液晶パネルを持つコンビネーションモデルは、アナログ時計ではない」という声も、少なからず伝わってきた。そこで本物のアナログ時計を目指そうと開発されたのが「PRX-7000T」である。

PRX-7000T

見た目だけでなく操作性もアナログ時計に近付けるため、りゅうずを回すことで針や機能を直観的に操作できる「スマートアクセス」も採用された。牛山氏が開発中のPRX-7000Tについて報告すると、竹内氏は、8,000m峰14座登頂の最終ラウンドとなるダウラギリで装着してくれるという。

牛山氏「ただ、このままではダメだと言われまして…。PRX-7000Tは時分秒針とモード針がすべて白なのですが、これが分かりにくいと言うんです。例えば高度計モードでは、針位置を時分秒の順で何千(時針)・何百(分針)・何十(秒針)メートルと読み取るのですが、針がすべて同じ色だと一瞬考えてしまう、と。」

なるほど、日本の平地で一瞬考えてしまうようなことは、酸素が薄く頭脳が十分に働かない標高8,000メートルでは、とても思考できない。だがやがて、その解決案が竹内氏から提示される。

牛山氏「竹内さんと、北海道警の山岳救助隊のヘリを見せてもらったことがあったんです。そこでメーター類に、緑、黄、赤の配色がたくさん使われていました。この3色は、視認性も順番も非常に分かりやすいのではないかという発想のもと、時分針をこの3色に着色してはどうかと竹内さんが言ってくださって。

これを言われたのが竹内さんがネパールに出発する直前だったんですよ。大急ぎで試作機の手配をして、試作機ができあがったと同時に、それを持ってネパールに飛びました。」

竹内氏のアイディアで針が着色された「PRX-7000T」のプロトタイプ。ダウラギリ登山で実際に使われた

そして2012年5月26日、竹内氏はダウラギリ登頂に成功し、日本人初の8,000m峰全14座の登頂という偉業を達成する。なお、竹内氏はPRX-7000Tについて、次のように述べている。

「PRX-7000Tはよく働いてくれました。いい時計です。サミットプッシュでは、かなり頻繁に時間と高度を見ていました。高度表示も非常にシンプルで、直観的に理解できて良かった。時間表示が『量的に』把握できたことは、登頂成功の大きな鍵になったと思います。」(竹内氏のコメント)

ダウラギリ登山中の竹内洋岳氏
(撮影:中島ケンロウ)

14 Summiter Limited Model PWX-8000T

PRX-7000Tは2012年に発売され、大きな話題を呼んだ。また、竹内氏が登頂に使用したプロトタイプになぞらえて、針のカラーやダイヤルのカラーリングを変えたモデルが「14 Summiter Limited Model (14サミッター・リミテッド・モデル) PWX-8000T」として300本限定で発売された。結果は即完売。「私も買えなかったんですよ(笑)。」(牛山氏)

こうしてアナログ化を果たしたPRO TREK。だが、進化は停滞を許さない。センサー開発の現場では、PRO TREKの心臓に革新をもたらす「トリプルセンサー Ver.3」が胎動を始めていた。
(続く)

竹内氏がヒマラヤで実際に装着したPRO TREKたち