2015年1月に、カシオのアウトドアウオッチブランド「PRO TREK」(プロトレック)が20周年を迎える。高度な計測性能を実現するセンサー技術とともに、腕時計としての使いやすさを両立した製品作りによって、独自の市場を創出、牽引してきたPRO TREK。しかし、その歴史は、まさに登山のごとき障壁への遭遇と克服の繰り返しだった。関係者の証言を交えながら、PRO TREK進化の過程をたどる。

カシオのアウトドアウオッチ「PRO TREK」、20年の進化を紐解く

■第1回 PRO TREK黎明期
■第2回 PRO TREK転換期
■第3回 PRO TREKアナログ化
■第4回 さらなる進化へ - トリプルセンサー Ver.3
■第5回 アウトドアウオッチのパイオニアでありトップランナー

PRO TREK黎明期 ~ ソーラー化、電波ソーラー化を実現せよ!

「PRO TREKブランドを立ち上げてからしばらくの間、開発スタッフの中に登山をする人間は一人もいなかったんですよ。」

カシオ計算機 時計事業部 モジュール開発部 モジュール企画室 牛山和人氏

カシオ計算機 時計事業部 モジュール開発部の牛山和人氏はそう語る。PRO TREKブランドが産声を上げたのは1995年のこと。ちなみにこれは、牛山氏の入社時期と重なる。

当時からカシオの時計事業部には、「現場で使われるものは現場を経験して開発するべき」というフィールドワークの考え方があった。しかし、登山となると専門家の領域。いくらアウトドアウオッチの開発者といえど、「じゃあ実際にやってみようか」と、気軽に決断はできなかった。

その代わり、登山経験を持つアドバイザーの意見を聞いて開発を行っていたのだ。そんな中で牛山氏は、当時NHK教育テレビ番組「中高年のための登山学」の講師を務めていた岩崎元郎氏と出会う。

牛山氏「岩崎さんが、山道具としての時計には、次の3つの要素が必要だとおっしゃったんです。(1)操作が簡単なこと、(2)文字が大きいこと、(3)表示が分かりやすいこと。

この3つの要素は、PRO TREKでそれぞれ、(1)方位、気圧/温度、高度を独立したボタン一発で計測できる『ダイレクト計測ボタン』(トリプルセンサー)、(2)時計の3時位置から9時位置までの広いスペースを使って重要な情報を表示する大画面、(3)時計と同時にコンパスを表示できる『二層液晶』として実装されました。」

この3要素は「ツールコンセプト」と名付けられ、以後、PRO TREKシリーズの新たな基本性能として位置付けられていく。

PRT-40

そして2000年、ツールコンセプトを初めて実装したモデル「PRT-40」が発売された。これはPRO TREKが最初の大きな進化を果たした画期的な製品だった。が、その一方で、このツールコンセプト、中でも表示の分かりやすさを追求して生まれた二層液晶は(液晶パネルが2枚重なる構造のため)、のちにさらなる進化の足かせともなっていく。

2002年ごろになると、トリプルセンサーの技術は一般的なものとなり、競合製品も出始めていた。PRO TREKがさらなる進化を求められる中、カシオが注目したのは、当時、時計業界で利用され始めていた太陽発電の技術だった。

牛山氏「アウトドアウオッチにとって、ソーラー駆動が理想的であることは明白でした。しかし、当時は方位を計測する磁気センサーの消費電力が大きく、トリプルセンサーをソーラー駆動させることはできなかったんです。そこで、今までになかった低消費電力の磁気センサーを開発しようということになりました。」

PRG-50

徹底した省電力化の結果、磁気センサーの消費電力を70%削減することに成功。つまり、それまでの30%程度の電力で磁気センサーを駆動させることができるようになった。こうして生まれたのが、2002年に発売された初のソーラーモデル「PRG-50」である。

やがて、カシオの腕時計にもうひとつの波がやってくる。電波ソーラー時計である。当然ながら、PRO TREKもその潮流に乗らなければならない。だが、トリプルセンサーの電波ソーラー化は一朝一夕にはできなかった。

電波受信用の大きなアンテナが非常に磁化しやすいため、センサーと相容れない。双方を上手くケースに収めることができなかったのだ。とはいえ、電波ソーラー化はもはや避けることはできない命題だった。そして、牛山氏は技術者とともにこの難題を克服する。

牛山氏「どの部品が磁気センサーに影響するのか、どんな素材が磁化しにくいのかを洗い出しました。その上で、磁気センサー、二次電池、電波受信のアンテナ、それぞれに悪影響をおよぼさない場所を見つけたのです。まったく影響が出ない場所はないかもしれない。でも、どんな影響が出るのかが分かれば、それをキャンセルする方法を搭載すればいいわけです。」

初の電波ソーラーPRO TREK「PRW-1000」

こうして初の電波ソーラーPRO TREK「PRW-1000」が発売された。2005年のことである。立ちはだかる障壁を乗り越え、頂(いただき)を目指して進化を重ねていったPRO TREK。中でもPRW-1000は、もはやアウトドアウオッチのひとつの完成型とさえ思われた。

ちょうどそのころ、牛山氏はプロ登山家の竹内洋岳氏と出会う。この出会いが、PRO TREKと牛山氏の進路を大きく変えていくことになるのだが…。
(続く)