プロ登山家・竹内洋岳氏の協力のもと、誰もが認めるアウトドア・アナログウオッチとしてポジションを確立した「PRX-7000T MANASLU」。だが、進化は停滞を許さず、PRO TREKには次の波が訪れようとしていた。PRO TREKの心臓に革新をもたらす「トリプルセンサー Ver.3」である。

カシオのアウトドアウオッチ「PRO TREK」、20年の進化を紐解く

■第1回 PRO TREK黎明期
■第2回 PRO TREK転換期
■第3回 PRO TREKアナログ化
■第4回 さらなる進化へ - トリプルセンサー Ver.3
■第5回 アウトドアウオッチのパイオニアでありトップランナー

トリプルセンサー Ver.3 ~ 腕時計の性能と可能性を飛躍的に高める技術

カシオ計算機 時計事業部 モジュール開発部 モジュール企画室 牛山和人氏

「次に私たちがやるべきことは、さらなる小型化と薄型化、センサー性能の向上でした。しかし、その時点で既存のモジュールは、もはや進化の限界に達していました。さらに前へと進むためには、もっとも基本的な部分を刷新する必要があったのです。」

と、カシオ計算機 時計事業部 モジュール開発部 モジュール企画室の牛山和人氏は語る。彼自身、やはりケースはまだ大きいと思っていたし、高度計の分解能が5m刻みであることや、方位計の計測が20秒間しかできないことにも不満があった(高度計はもっと細かく、方位計はもっと長く)。

牛山氏「竹内さんと北海道警の山岳救助隊を見学した話をしましたが(第3回参照)、そのときお聞きしたことが印象に残っていたんです。彼らはヘリで現場に到着したとき、まず方位を計測して地形と北を把握してから行動するそうです。だから、できるだけ長時間計測ができなければならない。20秒間で計測が終わってしまうと、現場では何度も計測ボタンを押さなければならないんです。とはいえ、充電池への負担を考えると、これはやむを得ない仕様でもありました。」

高度計の分解能に関する問題も背景は同じだった。これらの課題を克服するには、センサー側の消費電力を抑えつつ感度を高めるしかない。牛山氏ら開発スタッフは、そう決意する。

「PRT-40」の磁気センサー。ケースと比較すると、その大きさが分かる

「トリプルセンサー Ver.1」時代のLSI基板。磁気センサーが横に大きく張り出している

ソーラー化を実現した「トリプルセンサー Ver.2」時代のLSI基板。まだ基板の横に磁気センサーが見える

こうして誕生したのが「トリプルセンサー Ver.3」だ。圧力センサーの消費電力を従来品から85%削減、磁気センサーのサイズにいたっては95%もの削減に成功した。

牛山「みなさん、よく勘違いされるんです。『95%ということは、5%小さくなったんですか』って。『いえ逆です、今までの5%の大きさになったんです』と説明するんですが、たいへん驚かれますね。小さくなったことより、半分くらいのサイズにできた時点で、どうして商品化しなかったんですか!? と(笑)。」

消費電力の低下とともに、高度計の感度は従来の10倍に向上し、方位の連続計測時間も飛躍的に延びた。これにより、1m刻みの高度計測と、60秒間の方位計測が可能となった。なお、高度計測にかかる時間も、1秒以内に短縮されている(従来は5秒ほどかかった)。

トリプルセンサー Ver.3を搭載したPRW-3000のLSI基板。写真左の赤枠で囲んだ部分が磁気センサーで、画期的なダウンサイジングを実現した。磁気センサーを基板上に移設したため、張り出しがない。写真右はアッセンブリされた「PRW-3000」のモジュール

最初にトリプルセンサーVer.3を搭載した「PRW-3000」は、薄型化に向いたデジタルモデルである。「PRX-2000T MANASLU」で悲願の果てに復活させた2層液晶も再び外した。また、センサーの小型化により、今まで基板の外に配置されていた電波時計のアンテナを基板上に移設でき、そのぶんケース径が抑えられている。徹底して小型化を追求したPRW-3000は、56×47×12.3mm/62gというPRO TREK史上最高の小型軽量モデルとして、2013年にリリースされた。

通常、ケースの小型化は文字板の小型化を伴い、視認性が落ちる。が、PRW-3000は、液晶のスペースを変えずに文字を大きくして視認性を高めた。各ダイレクト計測ボタン付近のベゼルに機能を表したアイコンを入れたり、山岳気象予報士の猪熊隆之氏が監修した気圧傾向インフォメーションアラームも搭載した。これらの要素は、センサー性能だけでなく、PRO TREKの伝統である「ツールコンセプト」(第1回参照)もまた、次のステージへ押し上げたといえるだろう。

PRW-3000は新色をラインナップ。装着感の良さも相まって、アウトドア指向の女性にも受けそうだ。2014年5月に登場

トリプルセンサーVer.3の高度な計測性能を備え、高い視認性と快適な装着感を持つPRW-3000は予想通り、市場で大好評を博した。その実績は、必然的にトリプルセンサーVer.3を搭載した新アナログモデルの開発へとつながっていく。

が、それは、竹内氏にもユーザーにも高く評価された「PRX-7000T MANASLU」のようなフルアナログではなかった。一部のユーザーからは「デジタル窓がある時計はアナログ時計ではない」とも評された、あのコンビネーションモデルだったのだ。

牛山「コンビネーションモデルとして出したPRW-5000、そしてマイナーチェンジ版のPRW-5100は、多くの人に使っていただいているヒットモデルです。そのぶん、ユーザーアンケートでは改善を希望される点もまた多かったんです。」

それらの問題とは…。
(続く)