細い攻めをつないだGPS。鉄壁の包囲網が破れ先手が窮地に。
プロ棋士を困惑させた図6の△7四歩から11手後が図の局面。桂取りに歩を打たれたところで、コンピュータ側は駒損が避けられない情勢である。しかし、GPS将棋は図から△6六金と銀取りに金を打って反撃した。先手は相手の攻撃陣を撃退することに成功したように見えて、実際には包囲網を破られてしまったのだ。
この状況を見て控室のプロも先手大苦戦と言い始める。ボンクラーズはこの局面のだいぶ前からコンピュータ側の+300~400程度有利と評価していたので、コンピュータの評価にプロの評価が後から追いついた形である。これまでの四局までは見られなかったことだった。
図の局面で駒の損得は、先手が飛車と角を取ったのに対して、後手は金を取っただけで、先手が大きな駒得で普通なら必勝。しかし、先手玉は端に追い詰められており、図から△9四銀と打たれていよいよ逃げ場所がなくなってしまった。将棋はどんなに駒得していても、玉を打ち取られたら負けである。
ボンクラーズの評価値が一瞬逆転。控室が騒然とするが……。
控室では、なんとかこの窮地を切り抜ける手段がないものか、多くのプロが必死に検討を続けていた。そして図から▲9五銀に△7三桂と進んだところで、それまで先手の-500程度と表示されていたボンクラーズの評価値が突然先手の+134に変動したのである。
この評価値を見て控室は当然色めきだった。GPS将棋が何か致命的なミスを犯したのではないか。だがこのとき、GPS将棋自身の評価値は先手の-2145を示していたという。つまり自分の必勝であるということだ。ボンクラーズとGPS将棋、果たしてどちらの評価値が正しいのか。
ボンクラーズの評価値逆転を見て、色めきだって検討を続けていたプロ棋士が徐々に落胆の気配を見せ始めた。検討の結論はやはり先手敗勢であったのだ。数手進んだところでボンクラーズの評価も再び先手の-700以上となる。つまり、GPS将棋が一番正しい形勢判断をしていたことになる。
そして18:14、持ち時間が残り1分となったところで、三浦八段が静かに投了を告げた。
「細い攻め」をつなげたGPS。それはまるで「ある棋士」のようだった
この勝負は恐らく「コンピュータ将棋の完勝」と言われるだろう。ただ、第二局や第三局のような接戦にならなかったのは、GPS将棋が強すぎたからではなく、三浦八段が受けて勝つという「圧勝」か「完敗」かの勝負を仕掛けた結果である。そして本当に注目すべきなのは、コンピュータの完勝という結果ではなく、GPS将棋の指した新手や、プロの予想を超える「攻めをつなげる技術」にある。
この日の夜、関係者の打ち上げの席で解説の屋敷九段と話す機会があった。そこで筆者はGPSの仕掛けや細い攻めをつなげる技術について聞いてみた。
「△7四歩(図6)から△6四歩というGPSの構想には驚かされました。あんなに細い攻めをつなげてしまうのかと。実は序盤の△7五歩▲同歩△8四銀(図3)の仕掛け自体は、かなり昔に見たことがあったんです。私がまだ奨励会員のころの研究会だったと思いますが、実際に指されたことがありました。しかし、結果は攻めが続かなくて"この手は無理だ"と言っていた記憶があります。だからコンピュータがあの仕掛けから手をつなげてしまったのは驚きました」(屋敷九段)
屋敷九段が言うように、GPS将棋の指した仕掛けは、プロにとってまったく異質という筋ではない。むしろ可能性としては必ず考える手と言ってもよく、実際本局と似た局面ではプロの実戦で指された例も少数ながら存在する。とはいえ、プロの公式戦で完全に同一の仕掛けが存在しなかったのは事実であり、GPSが指した手が新手であることは間違いない。その意味ではコンピュータが将棋の定跡に新たな1ページを書き加えたと言えるだろう。
一方で、GPSの指した仕掛けが「新定跡」と言えるのかどうかについては、現段階ではまだ分からない。それが確定するのはプロが研究や実戦を重ねてからのこと。その結果「先手がどうやっても良くならない」とされれば「▲6八角は悪手」という結論が定跡に刻まれるし、逆に先手が良くなる順が発見されれば「GPS将棋の指した仕掛けは無理筋」という結論が刻まれる。そして、結論が出なければ、プロの実戦にも登場するような「生きた新定跡」になるだろう。いずれにしろ、GPS将棋の指した手がプロの定跡に一石を投じたことは確かだ。また、研究の結果がどうであれ「細い攻め」をつなげる高い技術をGPS将棋が持っていることも間違いない。
実は、プロ棋士の中にも「細い攻め」をつなげる高い技術を持つと言われる棋士がいる。第一局のレポートで将棋界の第一人者、プロ棋士のボスキャラとして紹介した渡辺明竜王である。もちろんこの一戦だけでコンピュータ将棋が渡辺竜王の域にまで達したとは言えない。だが、コンピュータ将棋がプロ棋士のボスキャラの姿を視界にとらえたことは確かであろう。
「第2回将棋電王戦」はコンピュータ将棋の3勝1敗1引き分けという結果で幕を閉じた。しかし、コンピュータの真の力を身を持って知ったプロ棋士は、必ずリベンジに燃えることだろう。コンピュータ将棋とプロ棋士の戦いはこれからが本番。まだ始まったばかりなのである。
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