LCCは確かに安い。だが、上には上が存在する

安全面以外のあらゆるコストを削減し、格安運賃を提供するLCC(格安航空)。例えばエアアジアの場合、東京からクアラルンプールまで片道1万7,000円(12月5日発、本稿執筆時点の運賃、諸税等込み)。フル・サービス航空会社マレーシア航空は、同じ条件で片道5万3,220円。確かに安い。

しかし、上には上がいる。「LCCを使っても、東京 - マレーシア間の移動は、片道1万7,000円の"赤字"になるわけだろ? そんなコストは許容できない」と考える人々は、フライト中もお金を稼いで、旅行そのものを"黒字化"する交通手段を用いている。それがビジネスジェットである。

旅客機より多いビジネスジェット

ビジネスジェット(社用ジェット)というと、日本ではラグジュアリーアイテムのように紹介されがちだが、実は使っている人々の大半は一般の企業関係者であり、中小企業や管理職、現場社員らが全利用者の8割前後を占めている。現在3万2,000機以上(燃費に優れ、ジェットエンジンでプロペラを回転させて推進力を得る飛行機「ターボプロップ機」約1万3,000機を含む)のビジネスジェットが世界の空を飛び交っており、LCCも含めた旅客機(ターボプロップ機約4,000機を含め、2万1,000機ほど)の1.5倍。年間の増加量は1,000機以上で、これまた旅客機をしのいでいる。

以下の写真は、ロンドン10空港のうち、ビジネスジェット専用国際空港のファンボローと、ビジネスジェットおよびLCCの共用国際空港ルートン。大量のビジネスジェットがひしめいている。

ロンドンのビジネスジェット専用国際空港ファンボロー

ロンドン・ルートン空港のビジネスジェット専用国際ターミナル前

ビジネスジェットは機種も豊富。エアバスやボーイングは、主力機種全てにビジネスジェット仕様を用意しており、ブラジルのエンブラエル、カナダのボンバルディアも、近距離用から大洋横断型の長距離機まで、あらゆるタイプのビジネスジェットをつくっている。旅客機の大半は上記4社がつくっているが、ビジネスジェットはガルフストリーム社やセスナ社、フランスのダッソー航空をはじめ、数々の専門メーカーも加わって、より多くのブランドが競争を繰り広げており、ビジネスジェットに対する需要の大きさが読み取れる。

次の写真は、ダッソー航空の「ファルコン900EX」。航続距離約8,400kmで、東京から米国西海岸に直行可能。メーカー公式サイトによると、中古機価格(格納庫で丁寧に保管されるビジネスジェットは、中古機売買も盛んで、企業戦略に応じて機種を買い替えながら使われる)は1,600万~2,600万ドルとのことだ。

フランス製「ファルコン900EX」。東京から米国西海岸に直行できる

ファルコン900EXのキャビン

現役世界最速民間ジェット機「セスナ・サイテーションX」

余談だが、世界最速の民間ジェット機は、セスナ社製ビジネスジェット「サイテーションX」。航続距離約5,600km、東京から東南アジアまで直行できる。メーカー公式サイトによると新品価格は約2,200万ドル。さらに2012年末~13年にかけて、その後継機「サイテーション・テン」と、東京からニューヨークまで直行できるガルフストリーム社製「G650」が納入開始され、世界最速を塗り替える。一機あたりの値段は、数億円から数十億円とさまざま。年間の運用コストも数億円はかかる。それでも世界各地で多用されているのは、使った方が企業の収益力を向上させやすいからだ。

より大きなビジネスチャンスをつかむため

ビジネスジェットの一般的な利用法は、次の通り。

  1. 一日に3ヵ国程度を回って、重要な商談をこなす

  2. 帰りの便を気にせず、目的を果たすまで現地でビジネス

  3. 定期便の飛んでいない発展途上国の奥地にも、経営者自ら直行して市場開拓

  4. フライト中は会議をしたり、取引先を送迎しながら機内商談

  5. ブロードバンドやFAX、モバイル通信のシステムを整え、常に地上との連絡を維持

1~3は、路線・ダイヤに束縛される定期航空ではほぼ不可能。4は冒頭で触れた「フライト中も稼ぐ」の例。プライベート空間なので、企業戦略に直結する重要案件も話し合える。飛行中もルート変更できるため、5で緊急連絡を受けても対処できる。

利用者の仕事量は過酷なレベルに達するが、1~5の相乗効果が収益力を強化する。ライバルが路線バスを使っている間に、社用車やハイヤーで取引先を足繁く訪ね、臨機応変に現場を回り、走行中も電話連絡を取り合い、マーケットを攻略していくイメージだ。米国の統計データでも、ビジネスジェット利用企業は売上高や利益の成長率で、非利用企業を上回る傾向があらわれている。

フライト中も商談や会議。ユーザーは休みなく働き倒す

重視すべきは、こうした企業が世界でどんどん増えているという現実だ。日本のユーザー企業(大手製造業)は、ビジネスジェットを使っている最大の理由として、「より大きなビジネス・チャンスをつかむため。ライバルの実力ある企業関係者がビジネスジェットで飛び回っている以上、定期便ではその動きについていけず、チャンスを逃す恐れがある」と語っている。

東京 - マレーシア間の所要時間は、片道約7時間。1時間の商談や会議を7本こなせる計算になる。ビジネスジェットで飛んだ場合、目安として数百万円のフライト費用が発生するが、飛行中に1,000万円の商談を成立させれば、数百万円の"黒字"になる。そうしたチャンスを諦めざるを得ない上に運賃まで取られるLCCは、ビジネスジェット利用者にとって、まだまだ「高コスト・キャリア」なのである。