元国税局職員さんきゅう倉田です。好きなアルバイトは「確定申告期間の税務署の手伝い」です。

先日、ぼくの芸人の同期がアルバイトを辞めました。売れたから辞めたわけではなく、アルバイト先の居酒屋が閉店したので退職することになりました。同期は、同じ会社の他店舗に異動することもできましたが、そうすることはせず、退職を選びました。

  • 5年間のサービス残業をした芸人が、退職時に「金をくれ」と言った結果…

そのときに、今まで残業代が未払いだったことに気づき、会社に請求することにしたそうです。その会社では、慢性的にサービス残業が行われていて、すべてのアルバイトが、毎日1時間ほど残業代の支払われない労働をしていました。このご時世に、なかなか豪快な会社だと思いますし、請求しないアルバイトさんたちも未熟だなという印象を拭えません。きっと言いづらい環境だったのでしょう。同期は、どうせ辞めるなら、と考えて、5年分を遡及して請求することにしました。

刑事事件と同じように、民事にも時効があって、給与は5年で時効になってしまいます。だから、同期が請求できるのは、5年分です。その話を、居酒屋の店長にしたところ「5年は無理だ。1年で何とか手を打ってくれないか」と言われてしまいました。1年分でも、金額は20万円ほどになるそうです。

しかし、同期は、お金に真っすぐな男だったので「駄目です。5年分払ってください。5年分払ってくれたら、残業代の話を、他のアルバイトにはしません。他のアルバイトに知れたら、何千万円も支払うことになるんですよ。それだったら、ぼくに5年分払った方がお互いのためになるんじゃないですか」と言いました。

店長はこれを飲まざるを得ず、本社に話を通し、同期に5年分の残業代を支払いました。同期は「得した」と言っていましたが、感覚的にはそうでも、本来もらうべきお金です。得をした、と認識してしまうと、お金に対する正しい判断ができなくなってしまいます。「利息がもらえなかった分、損をした」とか「物価が上がった分、損をした」と考えるべきです。お金の価値は、現在価値だけでなく、過去の価値と未来の価値も考えなければいけません。

これでは終わらず、残業代をもらった同期は、さらに請求しました。「そちらの都合で退職するんだから、有給休暇をすべて取らせてください。あと、退職する場合は、1カ月前に通知すると就業規則に書いてあるので、1カ月分の給料をください」と。

春にはお花見をし、夏にはバーベキューをし、恋人のいないクリスマスには閉店後の店内でパーティをした楽しい職場であることなどはおいておいて、思いつく限りの金銭を請求しました。事実関係を整理すると、同期は、居酒屋が閉店するのが3週間後に迫ったときに、閉店と別店舗への異動ができることを告知されました。

ぼくは、労働基準監督署の人でも、法曹関係者でもないので、細かいところには言及しませんが、退職する場合は1カ月前に告知するという社内規定を店側に準用するとしても、1カ月分は難しいように思います。1週間くらいが妥当ではないでしょうか。

また、クビではなく、別店舗という就業先も提供されていることから、有給休暇以外の請求はできないようにも思いますが「たかだか1カ月分だしサービス残業のことでとやかく言ってきたこの売れていない芸人の要求通りにしないと面倒なことになるぞ」と考えた店長は、すべての要求を飲むことにしました。

同期は「やったよ、100万円ゲットだ」と嬉しそうに僕に話していました。労働者の権利を正しく把握し、もらえるものともらえないものの判断ができることはマネーリテラシーとして大切です。もしかしたら、あなたも気づかないうちに、損をしているかも知れません。

さんきゅう倉田

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さんきゅう倉田

さんきゅう倉田

芸人、ファイナンシャルプランナー。2007年、国税専門官試験に合格し東京国税局に入庁。100社以上の法人の税務調査を行ったのち、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに。ツイッターは こちら