ホンダといえば、F1をはじめとするレースでの実績や、VTECエンジンに代表される市販モデルの高性能ぶりが思い浮かぶ。誰でもホンダに、「技術」や「ハイテク」といったイメージを持つだろう。だが、ちょっと待ってほしい。「技術」はその通りなのだが、「ハイテク」については思い込みによる誤解が多分に含まれていると感じる。端的に言って、ホンダほどハイテクを嫌い、ローテクにこだわるメーカーはない。

新型アコード・ハイブリッド。6月末に名古屋でも実車が展示された

ホンダはいつもエンジニアリングの基本を忠実に実行してきた

たとえばエンジンのカム駆動。ホンダはDOHCエンジンを搭載した自動車を日本で初めて発売したメーカーなのだが、その一方でシンプルなSOHCにこだわり続けるメーカーでもある。日本では1980年代にDOHCの大ブームがあり、トヨタなどはハイメカツインカムを発表して、ほぼ全ラインアップをDOHC化した。しかしホンダはこの流れに乗らず、現行のフィットでさえ、SOHCを採用している。

燃料系もそうだ。ホンダは国産メーカーで最後までキャブレターを使い続けたメーカーといえる。かつてのシビックやシティといった人気モデルで、PGM-FI仕様とキャブ仕様が併売されていたのを覚えている人も多いだろう。最後までキャブを採用したのは軽自動車のストリートで、2001年に生産を終了するまで、キャブレター仕様のモデルがあった。

新しい機構やしくみをつくるとき、同じ結果を得られるなら、より単純な構造の方がいい。エンジニアリングの基本として、きわめて当たり前の考え方だが、実際にはイメージ戦略といった商売上の理由が絡み、その通りにならないことが多い。しかし、ホンダはいつもエンジニアリングの基本を忠実に実行してきた。

実例はここまで紹介した以外にも、いくらでもある。かつて4WSが大流行したときも、他のメーカーは最初から電子制御で車速感応などの複雑なシステムだったのに、ホンダだけは単純にギアを組み合わせただけの舵角応答方式だった。カリフォルニアの規制などでローエミッションが課題となったときも、他のメーカーが電気自動車やハイブリッドに着手する中、ホンダは従来エンジンのまま、触媒の位置をミリ単位でエンジンに近づけるなど地味な改良の組み合わせで、排気ガスをよりクリーンにする方法にこだわった。

"ホンダ流ハイブリッド"で、「エンジン屋」の真髄を見せる

ハイブリッドシステムにしてもそうだ。ホンダがインサイトで独自のハイブリッドシステム「IMA」を発表したとき、そのシンプルさに驚いた人は多いだろう。先行して発売されたプリウスの高度なハイブリッドシステム「THS」と比べればあまりに単純な構造で、「えっ、これだけ!?」と思ったものだが、この単純さこそ、ホンダの真骨頂といえる。

それを鮮やかに証明してみせたのが、新型アコード・ハイブリッドということになる。「i-MMD」と名付けられたそのハイブリッドシステムは、一見、従来の「IMA」の発展形と思える構造をしている。だがその本質はまったく別物だ。

「IMA」はパラレルタイプのハイブリッドであり、エンジンが回らなければなにも始まらない、いわばエンジンありきのシステムだった。モーターはあくまで補助的な役割なのだ。一方、「i-MMD」は基本的にモーターで車輪を駆動するシリーズ方式で、こちらはモーターが主役。エンジンはおもに発電のために使われる。

つまり、システムとして「IMA」と「i-MMD」は別物であるばかりか、真逆のしくみなのだ。普通、ここまで根本的な大転換を敢行すれば、システムはゼロから作り直しで、でき上がったものも別物になる。しかし、構造として「i-MMD」は「IMA」から最小限の変更で済ませている。モーターが1個増えたが、代わりに「IMA」で必須だったベルト式CVTやマニュアルのトランスミッションが不要となり、全体としてはむしろシンプルな構造になった。

驚くべきはその性能で、V6の3.0リットルエンジンに匹敵する動力性能を発揮しながら、燃費はJC08モードで30.0km/リットルだという。ちなみにプリウスはLグレードが32.6km/リットル、それ以外のグレードが30.4km/リットル。アコードのほうがボディサイズが大きく、車重が200kg以上も重いことを考えると、まったく驚異的だ。

これだけの性能を、最小限のシンプルに徹したシステムで達成したところに、「エンジン屋」ホンダの意地とプライドを感じる。

名古屋の会場では新型アコード・ハイブリッドのパーツ写真も展示された。その下の「セダン愛。」の文字も目立つ

「ホンダのセダン」の存在感を取り戻せるか?

新型アコード・ハイブリッドを見て、もうひとつ興味深く感じたのは、この「i-MMD」を他のどのモデルでもなく、4ドアセダンのアコードに搭載してきたということだ。

日本ではセダンやクーペといった3ボックスの人気が低迷し、国産メーカーでこのジャンルをまともに販売しているのはいまやトヨタと日産のみといった状況だ。ホンダはこの新型アコード・ハイブリッドが発売される直前の数カ月間、ラインナップにセダンが1台もないという信じられない状況だった。

すっかりミニバンやRVの専業メーカーになってしまった感のあるホンダだが、しかしいま、セダンは決して不人気ではない。とくにプレミアムクラスにおいて、注目すべき人気ジャンルになっている。クラウンは見事に復活したし、ベンツやBMW、アウディといった輸入車勢のセダンも順調な販売を記録している。それだけに、国内シェア3位のメーカーであるホンダにとって、セダンの根本的なテコ入れは急務だっただろう。

新型アコード・ハイブリッドは2つの使命を帯びている。ひとつはホンダのハイブリッドの認知度や評価を、トヨタのそれに負けないレベルまで引き上げ、「ハイブリッドならトヨタ」というユーザーの認識を崩すこと。もうひとつは、国内市場で完全に失われている「ホンダのセダン」の存在感を取り戻すこと。どちらも決して容易ではないが、アコード・ハイブリッドはそれが可能となるだけの実力を与えられたといえる。