Voxはテイラー・スウィフトをバッサリ

人気音楽アーティストのテイラー・スウィフトがWall Street Journal(WSJ)に寄稿したエッセイ が大きな話題になっていた。

本記事執筆時点では、まだWSJ日本語版に翻訳があがっていないようだが、このブログ記事 に比較的詳しい内容の紹介がある。

このエッセイ、WSJでは掲載日の7日(米国時間)からいきなり「もっとも読まれた記事」(Popular Now)のトップに入り、またGoogleで検索するとこの記事に言及した他サイトの記事が200くらい見つかる。私がふだんから目にしている玄人筋(デジタル音楽配信などの分野をカバーするIT系や経済ニュース系ブログなど)のサイトでも、このエッセイについての賛否両論などを記した記事が掲載されていた。

・Voxは「テイラー・スウィフトは需要と供給というものがわかっていないんじゃないか」と主張 Taylor Swift doesn't understand supply and demand - Vox

・テイラー・スウィフトの考えは正しい。業界全体もスウィフトに見ならって新しいことにチャレンジすべき」としたGigaOMの記事: Taylor Swift is right about music, and the industry should act on her ideas - GigaOM

だが、後述するような理由から「これがそれほど大騒ぎすることか」というのが正直な感想。若い人気女性アーティストが、自ら経済紙に寄稿記事を書いた、という出来事自体はかなり斬新に思えるが、スウィフト本人の考えにもとくに斬新なアイデアなどは見当たらない印象だ。また「CD(とくにアルバム)が売れなくなった」というのは音楽業界関係者がとっくに織り込み済みで動いているものと思っていたためだ。

「ファンがいま欲しがるのはセルフィー(selfie、写メ)で、もうサインなど誰も欲しがらない」とか「女優の友人によると、いまではTwitterのフォロワー数がオーディションでの重要な選考基準になっている」「音楽業界でも、これからはすでにファン(TwitterやFacebook、YouTubeなどのフォロワー)がいるアーティストがレコード会社と契約を結べるようになる(略)リリースした楽曲を通じて、ファンをつくっていくという従来の形とは逆になる」などというスウィフトの指摘や考えはたしかに面白いが、最後の点についてはすでにそれに近い実例も登場している。YouTubeへの投稿動画がきっかけで世に出る機会をつかんだジャスティン・ビーバーやケンドリック・ラマーがまさにそれだ。つまり、「レコード・レーベルが新人を発掘し、手間暇かけて売り出す」というやり方以外の新しいやり方があることは、改めてスウィフトに言われなくてもいろんな人が知っている、といえよう。

こうした話が話題になる背景には、とくに欧米などで主流になりつつある音楽ストリーミング・サービスの問題がある。CDからデジタル(ダウンロード)配信への変化に伴い、シングルに比べて単価の高いアルバムが売れなくなった。さらに、ダウンロード配信からストリーミング配信への切り替わりで、シングルさえ売れなくなっている。そして、ストリーミング・サービスからの実入りは実に微々たるもので、アーティストやレコード・レーベル側からすると「これでは到底やっていけない」というようは話が再三報じられているとおりだ。

今年1月末に出ていたNYTimesの記事 には、それほど有名でないある音楽アーティスト(チェロ弾き)が実際に受けとった金額として、「自分の演奏が約半年間に150万回以上再生されたPandoraからの収入が1652ドル74セント、1年間に13万1000回再生されたSpotifyからの収入は547ドル71セントで、後者については再生1回あたり0.42セント(約0.4円)にしかならない」といった話が出ていた。

ところが、である。

前回の記事 で触れたForbesのセレブ・ランキング最新版をみると、わりと大勢の音楽アーティストがランクインしているのが分かる。とくに目を見張るのは、「とっくに盛りを過ぎた」と思われる大御所ロッカーたちの稼ぎぶりで、イーグルス(1億ドル)を筆頭に、ボン・ジョヴィ(8200万ドル)、ブルース・スプリングスティーン(8100万ドル)、ポール・マッカートニー(7100万ドル)といった名前が上位に並んでいる。主な若手・中堅どころの収入が、ビヨンセ(1億1500万ドル)、ジャスティン・ビーバー(8000万ドル)、ワン・ダイレクション(7500万ドル)、テイラー・スウィフト(6400万ドル)、ブルーノ・マーズ(6000万ドル)、リアーナ(4800万ドル)、ケイティ・ペリー(4000万ドル)、マイリー・サイラス(3600万ドル)、レディー・ガガ(3300万ドル)……などとなっているので、それと比べると、ライブ・ツアーを主体にした大御所連中の稼ぎがいかに大きなものかが判ると思う。また、若手・中堅連中でもツアーをやらなければ、それほど稼げないことは言うまでもない。

余談になるが、何年か前に舟木一夫という大ベテラン歌手が「日本で一番興行収入の多い歌手/音楽アーティストになった」と話題になっていた。「時間に余裕のできた団塊世代がコンサートに殺到」云々という理由の説明があったと記憶しているしているが、イーグルスやポール・マッカートニーなどの稼ぎぶりにも、それと同じようなところが感じられる。つまり、あまりお小遣いのない若い世代よりも、まだ比較的お財布に余裕のある親の世代を相手にビジネスをしたほうがアーティストの実入りは多い、ということだ。

ここから判るのは、楽曲自体を宣伝・マーケティングの手段としてタダ同然で配ったとしても、ライブという落としどころ(マネタイズの手段)があれば、ミリオンセラーCDから得られるものと同様の金額を稼げる、といったことだろう。また大御所連中のように、すでにしっかりとした知名度(=集客力)があれば、新曲すら必要ない、という見方もできるかもしれない(ひとつのアルバムをつくりあげるまでのプロセスと、何十~何百回もライブ・パフォーマンスを披露しなくてはならないツアーと、どちらがよりシンドイのかは正直判らないにしても)。

上記のVoxの記事のなかには、「ツアーばかりに明け暮れていると、じっくり腰を据えてアルバムをつくるといったことが難しくなる。その結果、レッド・ツェッペリンのアルバムのような手の込んだものが生まれる可能性が失われてしまう」といった懸念も指摘されている。だが、まったく無名のアーティストは別として、ツアーができるほどのアーティストなら当然大勢のファンがすでにいるわけで、そうしたアーティストがほんとうに「時間をたっぷりかけてアルバムがつくりたい」となれば、それこそクラウドファンディングでファンから資金集めをすればいい……といった考えも浮かぶ。

また同記事のなかに「いまのファンがお金を払う=価値があるのは、楽曲やアルバム自体ではなく、希少な資源(scarce resource)であるテイラー・スウィフトという存在自体」云々という指摘もあるが、おそらく今いちばん希少価値があるのは人間の関心(もしくは注意=attention)や時間であり、それを突き詰めると、ファンがお金を出してもいいと思うのは「ライブに参加する自分の経験」ということになるのではないだろうか。