テレビデビュー40周年を迎える俳優・渡辺謙が、ひとり語りで自身のこれまでの人生やキャリアを徹底的に語り尽くすドキュメンタリーシリーズ「役者道~渡辺謙があなたに語る仕事と人生~」(全4回)が、2月19日(日)午前10時よりWOWOWにて放送・配信スタートする。人生を変えた役者との出会いや、ハリウッドの仕事の舞台裏。ブロードウェイへの挑戦に対する思いと共に、自身が生きていく上で大切にしていることや、現在の地位を確立するに至った行動術&思考法の一端が明かされる。映画やエンターテインメント好きのみならず、ビジネスパーソンも必見のドキュメンタリー番組だ。「俳優としてあと10年、自分に何が出来るのか?」との自問自答を経て、長年所属した事務所からの独立を発表し、今後の俳優活動にもさらなる注目が集まる渡辺謙に、インタビュー番組である本番組にちなみ、「そもそも俳優にとってメディアの取材を受けることにはどんな意味があり、普段どんなことを考えながら取材に臨んでいるのか」を語ってもらった。

渡辺謙

――番組を拝見して、「こんなに面白いインタビューがあるのか!」と衝撃を受けました。誰にでも聞き出せる内容ではないと感じたのですが、やはりインタビュアーとの間にすでに何らの信頼関係が築けていたからこそ、ここまで深い話になったということでしょうか。

話の"回路"みたいなものがあるじゃないですか。「この人にこの質問を投げたら、こっちの回路につながるな」っていうのを、小山(靖史)ディレクターはよくご存知なんですよね。

――つまり、ディレクター自ら渡辺謙さんにインタビューされているということですか?

そうです。彼とは、東日本大震災の被災地を訪ねるドキュメンタリー番組の取材をこれまで何十本も一緒にやってきた間柄で。お互いに遠慮会釈がないんですよ。それこそ今回の番組収録のための事前打ち合わせも、ディレクターが僕の家まで来て、昼も夜も一緒に食べて。さらに一泊して(笑)。翌朝、朝食も一緒に食べてから、「ところで、昨日の続きですが……」って(苦笑)。「さすがにちょっと休ませてくれよ!」って僕が音を上げるぐらい、長い時間かけて準備をしましたから。たしか16時間くらいかけて打ち合わせをしたんじゃないかな。

――番組内で、渡辺さんが何十年も前に経験したはずの撮影時のエピソードを、臨場感たっぷりに語られていたことにも驚きました。記憶を掘り起こすのにもご苦労されたのでは?

それこそディレクターから事前打ち合わせの前に「これまであなたがやってきた仕事はこれですよ!」って、過去の仕事を時系列にまとめた資料がどっさり届いたので……(苦笑)。でも別に改めて過去の作品をすべて観返したりしなくても、僕の場合は結構ハードな現場をたくさん経験してきたこともあって。もちろん、どれもあくまで役を通じた疑似体験ではあるんだけれど、やっぱり自分の体で体現してきたことっていうのはどこか澱のようにずっと自分の中に残っているようなところがあるんです。そこに試薬みたいなものを落とすと、その澱がブワーッとせり上がってくる感じがどの作品に対してもあったりするものだから、思い出す作業自体はそれほど大変ではなかったですね。まぁそうは言ってもすっかり忘れてしまっていることも多々あるとは思うんだけどね。

貯めたエネルギーを前に進むための動力に変えていこう

番組では、渡辺のモノローグで、これまでの人生やキャリアを徹底的に語り尽くしていく

――そもそも、今回この『役者道』の企画を受けられた背景には、「ここで一旦区切りをつけて、今までの役者人生を振り返りたい」といったような特別な思いがあったのでしょうか。

いや。「何か少しでも観た人たちの参考になることがあればいいな」というくらいで、自分では振り返ったつもりはまったく無いんですよね。インタビューで過去の仕事や自分の考えみたいなものを語ることは、僕にとって振り返りの作業ではなく、むしろさらに前に進むためのものなんです。あえて何かにたとえるとしたら、ハイブリッドカーのような感じかな。

――インタビューを"ハイブリッドカー"にたとえられた真意とは?

ハイブリッドカーってブレーキを踏むたび電気を回してエネルギーをチャージすることで動力に変えるから、従来の車よりも燃費が良くなる仕組みなわけだけど、僕もインタビューというブレーキを踏んで貯めたエネルギーを前に進むための動力に変えていこうと思っているんです。

――なるほど。完成した番組は、ご自身でもご覧になりましたか?

観るには観たけど、出ているのは俺ひとりなわけで……(苦笑)。「これ、デカい画面でも耐えられるのか……?」という不安もあったりするものだから、どうしたって客観視はできないですよね(笑)。でも、僕が興味があったのは、「あの素材をもとにして、いかに30分弱飽きさせないで視聴者に見せるつもりなんだろう?」ということ。「あの時のどのアングルの映像を、どういうタイミングで使って、どんな音楽と組み合わせて編集するんだろう」と。そういう意味では、完成した番組を観ながら「ほうほう。へ~!」という発見もありました。

――「カメラの前で話す」という意味では、今のようなWEB媒体のインタビューを受けるときとはまた違った感覚があると思うのですが、声のトーンや表情、間なども意識されました?

カメラに向かって話しているように見えるかもしれないけど、実際にはディレクターの方を向いてしゃべっているだけなんです。僕は普段からインタビューではこんな感じだから、「撮られている」という意識はほとんどない。だって「あっ! なんかいま、役者っぽい間でしゃべってるな」みたいなことって、観ている人にはバレるでしょ(笑)。僕としてはディレクターから聞かれたことに対して必要に応じて補足説明したりしなかったりしながら、無言でうなずく彼を前に延々としゃべっているところを、カメラにも頷かれた感じです。

プロモーションに対する意識を変えていく必要がある

――番組内で、「ハリウッドと日本の映画界を比べたときにもっとも違いを感じたのは、プロモーションに対する考え方だ」といったお話をされていたのが、とても印象的でした。

『ラスト サムライ』公開当時の取材で、「ハリウッドと日本の映画界の違いとは?」って、日本のインタビュアーから口々に聞かれたんです。「土日はちゃんと休む」とか「最初から最後までシーンをひと続きで撮る」とかもちろん違いはいろいろあるんだけど、広く"映画語"という意味では、それほど違和感はないんですよ。でも「自分たちが作った映画を、いかに価値あるものとして観客に向けて発信していくためにはどうすればいいのか」とか、「そもそもこの映画を我々はどの棚に陳列したいと思っているのか」といったような、完成した作品を観客に届けるための発想や方法論が、ハリウッドと日本とでは明らかに違う気がしたんだよな。僕はかねがね、日本ではエンタテインメントが価値あるものとして扱われていないことを歯痒く感じていた部分があるんだけど、「そうか。こういうところに元凶があるんだ」って、そのとき痛切に感じたんです。「映画は価値あるものだ」ってこちら側からプレゼンテーションしていかない限り、世の中の人たちにもエンタテインメントが価値あるものだと受け止めてもらえない。映画を受け取る側に変な誤解を与えることなく、ちゃんと作品の本質が伝わるようにプロモーションに対する意識を変えていく必要がある。僕が今回の『役者道』という番組を通じて一番伝えたかったことは、まさにそれなんですよ。

――具体的には、どういったところから変えていく必要があると感じていますか?

結局のところ、僕らが一方的にインタビューやテレビ番組で話す内容を変えたところで、それが求められていなかったら、ちゃんと伝えることはできないわけで。僕らだけではなく、僕らの言葉を伝えるメディアも、それを受け取る観客も、すべて含めた相互関係というものが非常に大事になってくるんじゃないかと思うんですよね。僕らとしても、それこそ今回の『役者道』みたいなインタビュー番組を通じて、俳優が語る舞台裏を有意義なものだと感じてもらえるような土壌を作る必要がある。「この映画には実はこんなにも深いことが込められていたんだな」って観客にも知ってもらえない限りは、「そんな真面目な話じゃなくてさ、何かもっと変な話ないの?」となってしまう。結局「鶏が先か、卵が先か」ってことだから。

インタビュアーとの一期一会を、どれだけ自分が面白がれるか

――俳優になってから、おそらく何千、何万回と国内外でインタビューを受けてこられたと思うのですが、何度も繰り返し同じ話をしなければいけないような局面もありますよね?

もちろんあるよ(笑)。それこそアメリカで映画のプロモーションをするとなったら、1日で50本ぐらい取材を受けるんですよ。8分間隔で目の前の取材者がどんどん入れ替わっていくんだけど、だんだんこっちもノッてきて、見出しになりそうなキャッチーなフレーズも増えてくる半面、カメラマンや音声さんはすでに同じ話を何度も聞かされているわけだから、「はいはい。またその話ね……」って、途中から目も合わせてくれなくなるし(苦笑)。宣伝担当者から「残り20本です」とか言われても、「いやもう、残りの本数は教えてくれなくていい。とにかく終わったら帰るから」って、正直思ったりもする(笑)。でも、そもそもインタビューを受ける本数が多いということは、その映画に対する注目度が高いということだから、俳優にとってもすごくありがたいことなんですよ。そういう意味では、まぁさすがに50本もやっているとなかなか難しいことではあるんだけど(笑)、インタビュアーとの一期一会を、どれだけ自分が面白がれるかっていう。そのことに尽きるんじゃないのかな。インタビューって、"ピンポン"みたいなものだから、相手からどんなカットサーブが来るかによって当然打ち返し方も変わってくるし。同じようにコーナーを狙って打つにしても、違うカットの仕方があったりするわけで。結局はPerson to Personだと思うんだよね。

――スリリングな試合になるかもしれないし、つまらない試合になるかもしれないし、と。

そう、まさにその通り(笑)!

常にオープンマインドでいるようにはしている

――「俳優は一般の職業の人よりもインタビューを受ける回数が多いから、自分の思考を整理するいい機会になる」という面もありますか?

それもあります。実際、自分で自分のインタビュー記事を読んでいて「あぁ、俺はこんなことを考えていたんだ!」って再確認することもあるし、聞き手がいてこそ引き出されるものが確実にあると僕は思っているので。結局、自分の頭の中なんて、それほど整理されてはいないってこと。頭の中では考えていても、誰にも話していないことだってたくさんあるし。そこには当然、いまの社会情勢や、政治に対する思いだったりとか、プライベートなこととか、いろんなことが含まれているわけですよ。そういったものがインタビュアーに普段とちょっと違うアングルから突つかれることで、ふいに言葉として出てくるケースもあるし、インタビュアーの話を聞くことで、その時の自分のポジショニングみたいなものを客観的に把握できたりもする。だから僕は、取材を受けることはそれほど嫌いじゃないんです。

――では最後に、"取材を受けることがそれほど嫌いではない"渡辺謙さんが、インタビュアーとの一期一会を"面白がる"ために、心がけていることとは?

これは、別にインタビューを受けるときに限った話ではないんだけど、基本的に僕はいつなんどき、誰に対しても、常にオープンマインドでいるようにはしてますよね。だって、海外で仕事をしようとするときに、「俺はこうだから」とか「俺はこれしかできないから」とか、「俺はこれしかやりたくない!」みたいなことを言ってたら、通じ合えるかもしれない相手とも、通じ合えないよね。もちろん心を開いて相手と接していると時にはぶつかることだってあると思うけど、それが怖くて心を開くのを避けていたら、お互い無駄な時間を過ごすことになるわけで。とはいえ、もちろん世の中にはいろんなパーソナリティの人がいるわけだから、コミュニケーションが苦手な人にまで「お前も心開けよ!」って無理強いするつもりは全くない。でも、「どんなときでも心を閉ざすよりオープンマインドでいた方が、自分が得られるものも多くなるんだよ」ってことには、気づいて欲しいなとは思いますね。

『役者道~渡辺謙があなたに語る仕事と人生~』(WOWOW)は2月19日(日)午前10時スタート(全4回)。