林遣都が気になってならない。

きっかけは箸の持ち方だった。朝ドラ『スカーレット』(NHK総合 毎週月〜金 8:00〜)に主人公・喜美子(戸田恵梨香)の幼馴染・信作役で出演している林遣都。滋賀県出身の彼が滋賀県を舞台にしたドラマに出演、信楽の雑貨屋の息子という設定だ。あるとき、その信作がご飯を食べているシーンを見て、箸の持ち方が独特? と思った人もいるだろう。確か、彼の出世作となり映画化もされた(つい先日まで公開されていた)『おっさんずラブ』の牧役の時はきれいな箸の持ち方をしていたはず。

もしかして箸の持ち方まで役によって変えているのか。と思ったら、過去、映画『しゃぼん玉』 (17年)のときに箸の持ち方をあえて変えてみたと発言している記事があった。それによって、共演者の市原悦子がさらにアイデアを加え、芝居が膨らんでいったエピソードを「ぴあ映画生活」の記事で語っている。

箸の持ち方にその人の個性が出る。そう思うと、信作は箸の持ち方を気にしないほうが愛嬌あるし、牧はすっと持っていたほうが彼の生真面目さ完璧主義さが出て、クールに感じる。演じるというのはかくも深く面白いものかと林遣都に改めて思わされた。

  • 俳優の林遣都

『スカーレット』はしばし大阪編で信作不足だったが、第6週(11月4日〜)から舞台は信楽に戻り、再登場している。子供の頃、体が弱く、気も弱く、友達も喜美子と照子(大島優子)しかいなく、高校生になっても照子しかいなかったのが、成長するとキャラ変してモテ男になる。そして役所に就職した。何にせよ喜美子にとっては大事な幼馴染として今後もなにかにつけ登場するはずだ。

朝、林遣都を拝めることは嬉しいが、土曜の夜、『おっさんずラブ』の続編、『おっさんずラブ-in the sky-』(テレビ朝日 毎週土曜23:15〜)に牧が出ないことが寂しい。『In the sky』は主人公・春田(田中圭)が航空会社で“おっさんずラブ”を巻き起こしている。千葉雄大と戸次重幸を加えて。吉田鋼太郎が続投なのは、最初のスペシャルドラマのときから連ドラになったときと同じといえば同じ。そう、最初は牧のポジションは落合モトキがやっていた。落合や林はいわゆる「寅さん」のマドンナ的ポジションなのだろう。そう思いつつ、牧不在の今、改めて林遣都の価値を想う。

■常に全力の林遣都

林遣都の何がいいって、常に全力であるところだ。いや誰だって全力でやっている。田中圭だって吉田鋼太郎だって戸田恵梨香だって大島優子だって。例えばすごい風邪を引いていてもそう感じさせないように皆、芝居をし続ける。ショー・マスト・ゴー・オンの精神で。それがプロだ。林遣都の場合、そんな神聖な仕事に赴くにあたり、つねに全身にチカラが入ってガチガチになって見える。スマートな牧を演じても、必死で背筋を伸ばしながらでも何にも動じない顔をしているふうに見える(あくまで印象です)。それがうまいこと牧のツンデレキャラと重なるし、信作の女の子に振り回されてあたふたしている感じにリアリティが出る。大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺』(NHK総合 毎週日曜20:00〜)で演じた水泳・大横田勉選手が準備体操しているときの体の動きの一生懸命さがじつに素朴で微笑ましかったし、日本国民の期待を一身に背負って負けてしまったとき泣きながら謝る表情も、もらい泣きしそうな迫真だった。

人間誰しもが少なからず体験している、ほんとうはそうじゃないのにそうなってしまう困惑、こうしたいのにそれができないもどかしさ。ちょっとだけ強がって見せるときの心の震え。林遣都の芝居にはそれがある。『おっさんずラブ』では、迷いなく、どストレートに欲望を発動する黒澤部長に対して、じれったさが強い愛情に昇華していく牧の、ためらいの美学のようなもの。その対比がドラマを面白くした。

そうはいっても、かっこいいときはかっこいい林遣都。スーツ姿はかっこいいし、『劇場版 おっさんずラブ 〜LOVE or DEAD〜』の浴衣姿もかっこよかった。襟の合わせと帯の締りがぴしっとしているところが牧の高潔な精神性の現れに思えた。『京都人の密かな愉しみ Blue 修行中』(15年)の祇園祭エピソードのときの浴衣姿も決まっていた。朝ドラに初めて出た『べっぴんさん』(18年)のドラマー役も、主人公の娘が憧れてしまうにふさわしいかっこよさだった。こういうのも、ボーン・トゥー・ビー・かっこいい、ではなくて経験や研鑽を積んだ末に身に着けたかっこよさなんだろうと思わせる、人間は努力して磨かれていく尊さみたいなものを感じさせるのが林遣都の良さ。ミドル世代ならこんな息子がほしいと思ってしまいそう。ミドルじゃなくても、完成したものに見惚れるのではなく、成長や感情の過程を見つめていたいと思わせるのが林遣都の魅力のように思う。大きなところでは都に出てなにかを成してほしいというような願いがこもった名前を親につけてもらっているところ、小さいところでは箸の持ち方が気になるところからして、世界中の全親の子への想いを背負っているような気さえするではないか。

■少年性からどんな姿へ?

林遣都は成長を見守りたい俳優である。

林遣都はデビュー時、まじりっけない少年性で数々の青春ものにたくさん出ていた。そのなかで、堤幸彦監督のロードムービー『コヨーテ、海へ』(10年)が林遣都の少年性がふんだんに出た最高傑作と私は思っている。ニューヨークを旅しながら失踪した父のこと、自分のことを見つめていく。20歳になったのと前後して、少年が大人になるように、社会人の役をやるようになるが、ドラマと映画になった『荒川アンダー ザ ブリッジ』(11年)では迷える若き社会人役を演じていた。自分じゃいっぱしのつもりが、河原に住む自由人たちにことごとく価値観を覆されて、アイデンティティを引き裂かれて、その先になにかを見出していく。くっきりしっかりした顔立ちで、パリッとしたワイシャツを着こなしながら、瞳だけはどこか迷っているような。こういうのがなんだか似合う。

舞台『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(生田斗真と菅田将暉のW主演)ではそれこそ悩む人代表のようなハムレットを演じていた。その際、気がへんになったのかと思われる場面でわーーーっと声を抑揚つけて出しながら舞台を横切る、あくまで演技なにか不器用なのかキワキワな感じに気がへんになったのかも? と思わせる人らしくてすばらしく面白かったことが忘れられない。出番は少ないながら確実に鮮烈な印象を残した。今度また舞台『風博士』(11月30日〜)に出る。常にとどまることなく新たな役に全力で取り組み、そのたび成長していく林遣都。つぎはどんな姿を見せてくれるだろうか。

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