世界興行収入10億ドル突破の大ヒットを記録している『トランスフォーマー』シリーズ最新作『トランスフォーマー/ロストエイジ』(8月8日公開)。シリーズ4作目となる本作は、映画史上初となるIMAX3Dデジタルカメラで全編を撮影した臨場感ある映像や、新デザインのオプティマスやバンブルビー、感動的なストーリーなどが見どころとなっている。

また、本作ではキャストが一新され、俳優のマーク・ウォールバーグが主演を務める。そして、ヒロイン・テッサ役には女優ニコラ・ペルツ、その恋人・シェーン役には、俳優のジャック・レイナーと、注目の若手2人が大抜擢された。マイケル・ベイ監督の指揮のもとで2人がどのように役作りを行い、どのように撮影に挑んだのか、インタビューした。

ニコラ・ペルツ(右):1995年1月9日生まれ。アメリカ出身。映画『エアベンダー』やTVシリーズ『Bates Motel』に出演 ジャック・レイナー(左):1992年1月23日生まれ。アイルランド出身。インディーズ映画『What Richard Did』主演で注目を集め、『Delivery Man』でアメリカ映画デビュー

――マイケル・ベイ監督から撮影現場で言われて印象に残っていることはありますか?

ジャック・レイナー(以下ジャック):自分のようにインディーズ映画からきた役者にとって、これほどの規模の作品に出るということはなじみのないことで、目に見えないロボットたちを相手に撮影するということも慣れていないことでした。マイケル・ベイ監督からは「とにかく100%全力投球すること」、そして「さもそれが本物であるかのように説得力のある演技をしなければならない。ロボットというものを扱った映画でも、人間のキャラクターをしっかり出せていなければならない」と言われました。ですので、いかにリアルに演じるか、役者としてのイマジネーションを使って挑みました。

ニコラ・ペルツ(以下ニコラ):この映画には、全部で4,000人もの人が関わっています。その中心にマイケル・ベイ監督がいて、彼は現場でものすごいハイエネルギーで興奮している状態で、ジャックと私も、そのエネルギーが感染するような感じでした。私はマイケル・ベイ監督の映画が大好きで、天才だと信じています。そして、『トランスフォーマー』のファンでもあったので、出演できたということに興奮しています。

――"破壊王"の異名を持つマイケル・ベイ監督。本作でも激しい爆破シーンなどがありますが、アクションシーンの撮影はいかがでしたか?

ジャック:記者の方が撮影現場に来たら、まるで戦争地帯に来たような感覚を覚えるのではないかと思うくらい混沌(こんとん)としていて、爆発があったり、物が衝突していたり、人の叫び声や怒鳴り声が聞こえたりしていました。1日200人くらいの人が参加している現場では、爆発もカーチェイスも本当にやっていて、それがさらに作品をリアルにしています。そして、これほど壮大なアクションシーンと、人間味のあるストーリーをうまく組み合わせることができることが、本当に彼の素晴らしさだと思っています。

ニコラ:現場はとにかくエキサイティングで、次に起きるかわからないという緊張感が常にありました。カーチェイスにしても爆破にしても、CGではなく全部本物で、私たちは実際にその真ん中にいました。3人がスローモーションで走って逃げるシーンがありますが、私たちはその撮影をするということを4、5分前に知ったんです。何日もかけて準備された中で、私たちは一発で決めないといけない、という緊張感がありました。

――『トランスフォーマー』はシリーズものですが、本作ではキャストを一新するなど、新たな幕開けとなりました。新しいからこそ挑戦したことを教えてください。

ジャック:自分たちのキャラクターを開発して、新しいオリジナルのものにしようという思いで挑みました。シェーンがアイルランド人というのも新しいもので、マイケル・ベイ監督と最初にキャラクターについて話した時に、シェーンをアメリカ人にするかアイルランド人にするかという話があったのですが、最終的に多様性を出すために、監督がアイルランド人にすると決めたんです。それによって、より国際的な観客に向けて幅が出せ、特にヨーロッパの観客の方にも共感していただけるものになったと思います。

今回自分たちは、オリジナルのものにすることということに加え、多様性を出すということにも挑戦しました。ですので、撮影地として香港が出てきたり、リー・ビンビンさんが出演されていたりしました。そのほかにも、ケルシー・グラマーや渡辺謙さんなど、素晴らしい方と一緒に仕事をさせていただきました。

ニコラ:毎日が新しい挑戦で、それが楽しいところでもありました。2人ともまだ若くて、私たちが尊敬しているずっと見てきた俳優さんたちと一緒に仕事ができるということで、毎日が学びの場だったと思います。