難読地名といえば北海道。ほとんどの地名がアイヌ語地名の音に漢字を当てて付けられたためで、"I love you"が「愛羅武勇」、"よろしく"が「夜露死苦」となるヤンキー的造語法に近い。では、神居、神威といった北海道の地名は何というアイヌ語が元になっているか分かるだろうか? 漫画でもお馴染みの有名なアイヌ語だが……。

北海道を代表する観光地、富良野もかつては臭い泥土の地だった?

富良野は「フーヌライ」で意味は「臭い泥土の地」!?

人気テレビドラマ「北の国から」の舞台である北海道の富良野市。ドラマのおかげで「ふらの」と読めない人はいないだろうが、この富良野の語源はアイヌ語の「フーヌライ」、その意味は「臭くにおう泥土」という意味だという。活火山である十勝岳から流れ出る川の水が、強い硫黄臭を発する泥炭地だったからである。

そんな悪条件の土地を客土や排水工事で豊かな沃野(よくや)に変え、文字通り「富む良い野」に作り変えた開拓者の功績には頭が下がるが、「フーヌライ」というアイヌ語の地名を「富良野」と美しい3文字で表現した言語センスにも脱帽である。ヤンキー的な言語感覚で「腐乱野」などと文字を当てていたら、この地が北海道有数の農業地帯、観光地になることもなかったかもしれない。

さて、富良野以外に北海道の素晴らしい"佳字美称"地名をいくつかあげれば、美唄市、美々(千歳市)、美利河(今金町)などがあるが、それぞれなんと読むか分かるだろうか? 答えは順に「びばい」「びび」とここまでは難しくないが、最後は「ぴりか」と読む。

美唄は「カラス貝の多く棲む沼」を意味する「ピパ・オ・イ」に、美々は川を意味する「ぺッ」が2つで川の集まったところ「ペッペッ」が由来だそうだ。美利河はアイヌ語の「ピリカ・ペッ(美しい川)」に由来するのだという。音だけでなく、意味もピタリの傑作地名と言えるだろう。

漫画『カムイ伝』の「カムイ」に由来する地名もある。旭川市の神居古潭(かむいこたん)、神の集落を意味する「カムイ・コタン」にベストチョイスの漢字を当てている。積丹町(しゃこたんちょう)には神威と書いて「かむい」と読む岬があり、古宇郡には神の川「カムイ・ナイ」から付けられた神恵内(かもえない)村もある。

女満別などの「別」は「大きな川」の意味が

さて、これまでに紹介してきた地名の中に「川」を意味する「ペッ」「ナイ」などがあったが、狩猟や漁労で移動生活を営んできたアイヌの先住民たちにとって、川は遡上(そじょう)するサケなどの魚介を捕獲する大変に重要な場所だった。

このため北海道の地名には、この「ペッ」や「ナイ」に「別」や「内」の文字を当てた地名が極めて多い。「別」は紋別、門別、登別、芦別、士別、サロベツ、女満別(めまんべつ)、「内」は稚内、真駒内、札内などである。細かく言えば、「ペッ」は大きい川、「ナイ」は沢や谷川と区別されるそうである。

紋別(もんべつ)は「モ・ペッ(静かな川)」、門別(もんべつ)も全く同じで由来である。登別(のぼりべつ)は「ノポル・ペッ(濃厚な川)」、芦別(あしべつ)は「アシュ・ペッ(深く険しい川)、士別(しべつ)は「シ・ペッ(大きな川)」、サロベツは「サロ・ペッ(葦の原の川)」女満別は「メマン・ペッ(泉のある川)」。

女満別の朝日が丘展望台

シシャモのいる川を意味する「ススハム・ペッ」から名付けられた、初山別(しょさんべつ)という村もある。シシャモは実はアイヌ語の「ススハム」で、それがシシャモと訛(なま)って伝わったというのが定説である。札幌も「サッポロ・ペッ(乾いた大きな川)」と川が由来の地名であり、「別」が略された例だ。

藻岩山から望む札幌の町。アイヌ人にとっては乾いた大きな川の地だった

沢や谷川などの小さな川「ナイ」を由来とする稚内(わっかない)は、「ヤム・ワッカ・ナイ(冷たい水の川)が由来。真駒内(まこまない)は「マク・オマ・ナイ(山奥の方の川)、札内(さつない)は「サッ・ナイ(乾いた川)」である。

冷たい水の川を意味した稚内

もちろん、由来に諸説がある地名も多い。網走(あばしり)は「アパ・シリ(入口の土地)」というものと「ア・パ・シリ(我々が発見した場所)の2説があり、釧路(くしろ)は「クシュリ(通路)」か「クスリ(温泉)」、根室(ねむろ)は「ニイ・モ・オロ(流木の詰まる所)」か「ネ・モロ(樹木の茂る所)」かで、学者の説も分かれている。

釧路湿原

襟裳(えりも)は、「エンルム(岬)」、「エルムン(ネズミ)」などの由来説があるが、気分としては岬であってほしいところだ。狩猟や漁労のために移動生活をしていたアイヌ民族にとっては、川を中心にその土地土地の特徴を地名にすることが生きていくうえで絶対に必要なことだったのである。

参考文献: 『地名の博物誌』(谷口研語著・PHP新書)、『日本の地名』(浅井建爾/日本実業出版)