「どうしても映画化したい作品があった。それが『アビエイター』とこの作品だよ」とまでレオナルド・ディカプリオに言わしめた作品『ウルフ・オブ・ウォールストリート』が公開された。同作は、L・ディカプリオが8年間温めてきた作品で、俳優休業宣言後にも関わらず作品PRのために日本に訪れたことからも、L・ディカプリオのこの作品に対する力の入れようが伝わってくる。そして、来日会見に臨んだL・ディカプリオ、ジョナ・ヒル、M・スコセッシ監督の三人は、笑顔を振りまき、アットホームな雰囲気を醸し出しながらも、その眼には満足のいく作品に仕上がっているという自信が漲っていた。同作でL・ディカプリオと5度目のタッグを組み、"映画人 レオナルド・ディカプリオ"を一番近くで見てきたM・スコセッシ監督に話を聞いた。

マーティン・スコセッシ
1942年11月17日、米ニューヨーク州、ニューヨーク生まれ。L・ディカプリオ主演作である『ディパーテッド』(2006年)で、アカデミー賞監督賞を獲得。これまでに『タクシードライバー』(1976年)、『レイジング・ブル』(1980年)、『グッドフェローズ』(1990年)、『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002年)、『アビエイター』(2004年)、『シャッターアイランド』(2009年)、『ヒューゴの不思議な発明』(2011年)などを発表しており、数々の映画賞を受賞している

――同作はL・ディカプリオが8年間温めてきた話題作ですが、監督へオファーがきたのはいつ頃だったのですか。L・ディカプリオとタッグを組んで制作した『シャッター・アイランド』(2010年)の撮影時には、すでにこのプロジェクトは動いていたのでしょうか。

実は『シャッターアイランド』の前にこの作品を撮りたいと思っていたんだ。ただ当時、この作品の権利はハリウッドのスタジオが所有しており、スタジオ側はこの作品のもつ"SEX"や"ドラッグ"という点に難色を示していたんだよ。

だが、レオ(L・ディカプリオ)はこの企画を諦めなかった。レオとスタジオの細かいやり取りは分からないけど、レオがこの作品の権利を手にし、スタジオから独立した形で資金を集め、この作品の制作がスタートしたんだ。

――それがL・ディカプリオの「これはハリウッドのスタジオからはなかなか出てこない、非常にリスキーなこともあった作品だから」というコメントに繋がるわけですね。

この作品を私が監督するにあたり、自由を得るということが大切だったんだ。仮にこの作品をスタジオの元で作らなくてはいけないとなったら、スタジオと戦わなくてはいけない。でも、私はセリフの一言一句まで、毎日意見を戦わせることなんてしたくなかったからね。

――L・ディカプリオは以前から、M・スコセッシ監督と好みが合うんだと話していますが、監督も同じように思いますか?

レオは、自分の世代より前の映画や音楽の知識がとても豊富なんだ。私の観てきた30年代、40年代の作品の知識があったり、私が好きだと話したアンドレイ・タルコフスキーのことも好きだと話しており、思考も似ているところがある。もちろん、30歳もの歳の差があるし、それぞれ違ったものの見方もあるけど。好きな"テイスト"に関してはとても似ているところがあると感じるね。

――L・ディカプリオはこの作品の監督は「M・スコセッシしか考えられなかった」としています。その要因のひとつに"この作品にダークサイドにユーモアのセンス取り込みたいこと"と"監督が『グッドフェローズ』(1990年)をダーク・コメディと表現したこと"を挙げています。

確かに、この作品の脚本の書かれ方には近しい部分があったと思う。だから、私としては逆にそれに抵抗してしまうところがあった。何か新しいやり方を見つけなくてはいけないと思ったからね。ボイスオーバーを使うとか、視覚的にも何か違うアプローチをしないといけないと。様式や制約というものから一度自分を解放して、なにか新しいことをやってみたいと思ったんだ。その結果、制作に何年かかってしまった。

――視覚的なアプローチでいうと、同じ時間をレオ視点と第3者的な視点の二通りで描いていたりと、作品のなかで視点(カメラ)を変化させながら物語を進めていっていましたね。

そうだね。そういう意味でもこの作品を自由に作ることができた。客観的にみせるだけではなく、彼の視点からみせることで、より観客とこのキャラクターを密接に近づけることができるんだ。それを観客が不快か心地よく思うかはそれぞれあると思うけどね。