――テレビ用に作るのと、劇場用に作るのは、やはり違うものなのでしょうか?

神山監督「まったく違いますね」

――それは絵作りの問題ですか?

神山監督「絵に関しては、むしろ意図的にテレビに合わせているので、あまり劇場だからハイクオリティにしているということはないです。もともとテレビのころから、高いクオリティで制作していましたから、映像に関しては特に劇場作品だからといったことはあまりやっていないですね」

――となると、話の作り方といったところですか?

神山監督「物語の構成が、テレビだとおよそ20分のものが、一週間に一本ずつになるじゃないですか。そうすると、話数ごとにリセットがかけられるんですよ。たとえば、話数の間に、描かれなかったり、消えちゃったりした情報があっても、話のほうはうまく流れていくんです。テレビだと話がブツ切りになるから嫌だという人もいますが、僕の考え方は逆で、一週間の間に、観てくれるお客さんも情報を整理してくれるし、次を観たいと思わせる仕掛けを作っておくことによって、実際は描かなくても良い情報というものがいっぱいあるので、実はテレビのほうが一話あたりの情報量を多くすることが、テクニック的には可能なんです。しかし、映画の場合は決められた速度で流れていきますから、同じ20分でも、一週間という空白がない分、描かなくても成立する情報というのは入れにくいんですよ。もちろん、全然できないわけではないのですが、やはり難しい。そういう意味で、脚本にしても、演出上の流れにしても、映画のほうが説明から逃れられない部分があって、どうしても実質の尺を使ってしまうことになるんです」

――テレビだと、はっておいた伏線をきちんと回収しなくても、ストーリーとして成立させやすいという感じでしょうか

神山監督「極端に言えば、次の話数までに解決していたという手も使えますからね。でも映画だとそういうわけにはいかないので、そのあたりの調整がかなり難しくなります。なので、劇場版を作るにあたっては、絵作りよりも脚本のほうにより苦労がありました」

――劇場版を一本ではなく、二つに分けたところでも、新たな難しさというものはありましたか?

神山監督「映画の場合、当然一本目の映画を観てくれたお客さんを満足させなければいけない。つまり、その一本でもある程度の区切りをつけないといけないですし、二部作なので、さらに次の作品も観たいと思わせる仕掛けも用意しないといけない。そういう意味では、一本だけを作るのとはちがった演出的なアイデアが必要になりました」

――つまり劇場版では、テレビ版の20分という時間に合わせて作っていた流れと、またちがった脚本が必要になったわけですね

神山監督「そこが一番苦労したところですね。劇場版になると、ただ全体の時間が長くなるというだけではなく、先ほども申しましたが、テレビなら端折れるところも、映画だとしっかり描かなければならなかったりします。実際は描かなくてもいい場合もあるのですが、やはり映画は一方向に時間が流れていきますから、なかなかその辺が難しい。流れる時間を巻き戻したり、止めたりできないところが、映画の面白さであり、最大の難しさだと思っています」

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