統計によれば、旅行の動機の約4割はその土地の文化に触れることであるという。松浦氏は私見として、「世界遺産」「無形遺産」「現代文化」という文化の3つの柱を説いた。「世界遺産」は今や知らない人はいないだろう。現在、145カ国878カ所に世界遺産が存在する。「現代文化」とは、「現代の文化的多様性に関する条約」のことで、文学、音楽などテーマを掲げた「文化創造都市」がそれを具現化している。日本にはまだ例はないが、英国ではグラスゴーが音楽、エディンバラが文学の「文化創造都市」となっている。

もうひとつの「無形遺産」は、伝統芸能や技術、口承などのこと。「無形遺産」を守るため、2003年にユネスコで「無形文化遺産保護条約」が結ばれた。その締結前からすでに「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」が2001年、03年、05年と実施され、世界各地から無形の文化遺産が発表されてきた。日本からは、能、文楽、歌舞伎などが挙がっている。正式な登録が始まるのは2009年9月だが、これまで宣言されたものは、事実上、登録が確定している。第1回の登録数は80~90、もしくはそれ以上になるかもしれないと松浦氏は語る。基盤のしっかりしたものは「代表リスト」へ、途絶えそうなものは最初から「危機リスト」へ分けられ、ユネスコなどがその保護をバックアップすることとなる。

「無形遺産」「文化創造都市」はまだ耳慣れない言葉だったが、もうまもなくすると「世界遺産」とともに重要なキーワードになることだろう。特に「無形遺産」については、1年後に注目されていることは必至だ。この重要な遺産を守る活動の先頭に立っていたのが松浦氏であったことは、日本人として誇りに思えることである。

講演会には、世界遺産アカデミー会長で、衆議院議員の愛知和男会長と栗原小巻さんが来場。愛知会長は、世界遺産について政府として取り組むべきことを述べ、栗原小巻さんは長年の交流がある松浦氏を激励した


その後、松浦氏の基調講演に引き続き、「世界遺産保全の道と観光の両立」をテーマにパネルディスカッションが行われた。

左から、IUCN日本委員会会長 吉田正人氏、北海道大学観光学高等研究センター長 教授 石森秀三氏、国土交通省総合観光政策審議官 本保芳明氏、TOSS代表 向山 洋一氏

官民学各界からのパネラーからは、日本には文化財保護という観点はあるものの、文化遺産を「マネージメント」する考え方がこれまで足りなかったのでは、という視点から世界遺産の環境を守るために制度化を促す意見がみられた。またばらばらになっていた地域における「文化(自然)保護」「町づくり」「観光振興」がしっかりと協力体制を築くこと、次世代に向けて地域文化を理解する教育の重要性も確認された。松浦氏の講演とディスカッションを通じて、今まさに、世界遺産や観光に対する考え方の転換期であることを肌で実感したセミナーだった。