インフラツーリズムとは、公共施設や巨大構造物のダイナミックな姿や精緻な構造を間近に観察したり、通常はなかなか立ち入ることのできない施設や工事現場を見学したりして、日常生活では得られない視覚的・感覚的な体験を味わう小さな旅のスタイルである。
インフラツーリズムとは、公共施設や巨大構造物のダイナミックな姿や精緻な構造を間近に観察したり、通常はなかなか立ち入ることのできない施設や工事現場を見学したりして、日常生活では得られない視覚的・感覚的な体験を味わう小さな旅のスタイルである。
遠出をしなくても、都市のすぐそばにある“日常の外側”へアクセスできるのも魅力。本コラムでは、筆者が実際に現地へ赴き、歩き、見て、感じたインフラツーリズムの現場を紹介していく。今回は東京の湾岸エリアで芝浦とお台場をつなぐ、全長918メートルの巨大吊り橋「レインボーブリッジ」を歩いて渡った記録である。
2025年8月某日。天気予報は「晴れ時々曇り」。
朝から青空はのぞいていたが雲が多く、湿気が肌にまとわりつくようで、真夏特有の重い空気だった。気温は35度に迫り、軽く歩くだけで額に汗が浮かぶ。
東京・湾岸エリアの空気は、海からの湿った風と高層ビル街の熱気が混じり合い、内陸部よりもさらに濃密な質感を持っていた。
この日の目的地はレインボーブリッジの歩行者用遊歩道。芝浦側の橋のたもとにある駐車場に車を停め、徒歩でお台場方面へ向かう計画だ。
レインボーブリッジが歩行者も渡れることは知っていたが、実際に歩くのは初めてである。海上から東京港をどのように見渡せるのか、楽しみだった。
レインボーブリッジ、正式名称は「東京港連絡橋」
これまで僕はこの橋を、愛称の「レインボーブリッジ」としか呼んだことがなかった。しかし正式名称は「東京港連絡橋」。東京都港湾局の管理する港湾施設であり、都市計画上は臨港道路の一部として位置づけられている。
レインボーブリッジこと東京港連絡橋は1987年(昭和62年)に着工、1993年(平成5年)8月26日に開通した。吊り橋部の全長は918メートルだが、この「全長」はアンカレイジ(橋のメインケーブルを固定するための巨大コンクリート構造物)までを含めた長さを指す。
吊り橋本体の橋長は798メートルで、国内の吊り橋としては中規模だが、都市部に位置するものとしては非常に大きい。
メインの吊り橋部分以外の両サイドには、芝浦側に全長1,465メートル(陸上部439メートル+海上ループ部1,026メートル)、台場側には全長1,367メートル(海上部905メートル+陸上部462メートル)のアプローチ高架橋が連なり、橋全体の総距離は3キロを超える。
二層構造になっており、上層には首都高速11号台場線、下層には東京都道482号台場青海線と新交通ゆりかもめが通る。
今回、歩こうと思っている歩行者用の遊歩道は、下層の車道脇に北側と南側に各1本ずつ設置されている。
レインボーブリッジが誕生した時代
レインボーブリッジの構想は、1979年(昭和54年)に東京都がまとめた臨海副都心開発計画に端を発する。急速な経済成長とバブルの兆しがあった1980年代には、都心と新開発地域であるお台場(臨海副都心)を直結する道路・鉄道インフラの整備が急務とされた。
工事は東京港建設局を主体に、大林組・鹿島建設・清水建設などの大手ゼネコンJV(ジョイントベンチャー、共同企業体)が担当。海上に高さ126メートルの主塔を2つ建て、直径約50センチのメインケーブルを張り、二層構造の橋桁を吊るという難工事が行われた。
開通するや大きなニュースとなり、橋を渡ってお台場に向かう人が急増。夜間には季節やイベントに応じて白色灯やレインボーカラーにライトアップされる仕組みが採用され、その光景から愛称「レインボーブリッジ」が広く定着した。
芝浦アンカレイジから北側遊歩道へ
芝浦アンカレイジ内をエレベーターで7階へ上がると、遊歩道のスタート地点があった。北側(お台場方向に向かって左手)と南側(同右手)の2本ある遊歩道のうち、往路としてまず北側を進む。
今回は歩きだが、自転車でここを走ったら気持ちいいかも、という考えが浮かんだ。
しかし、安全のため自転車の走行は禁止との注意書きがあった。自転車の持ち込みは可能だが、後輪に専用台車を装着して押し歩くルールとなっている。
【動画】アンカレイジの7階から遊歩道の入り口へ
歩道の足元は滑りにくいタイル舗装。車道との境界にはガードレールがあり、外側の欄干にあたる部分には、転落防止のため金網フェンスが設置されている。
そしてその向こうには東京港の景色。
これが、稀に見る絶景だった。
眼下の海上を行き交う貨物船や観光船、海沿いの港湾施設とその奥の高層ビル群、そして赤い東京タワーまで、夏の曇天の下、くっきりと見渡せた。
少し歩くと第一主塔に到着。この部分では遊歩道が海側にせり出しているので、橋の外観を間近に見ることができる。
主塔から弧を描いて伸びるメインケーブルは直径50センチの太さ。約12,000本もの鋼線を束ねて構成されているという。
遊歩道は橋の中央部へ向けて緩やかな上り坂が続き、やがて最も高い地点(海面から約52メートル)に至る。遠くに羽田空港に向かう旅客機が小さく見え、東京スカイツリーも霞んで見えた。
【動画】東京湾内を走る遊覧船とレインボーブリッジ。第2主塔の近くから
南側歩道から見える「台場」の素顔
お台場側アンカレイジを通過し、湾曲している台場側のアプローチ高架橋をしばらく進むと、南側歩道へ移れる連絡通路があった。
通路は橋の下側に潜り込むように設けられているので、なかなかお目にかかれない橋の直下からの構造美を楽しみつつ、南側遊歩道へ移動。
【動画】
ここからは、芝浦方向へと復路を歩く。
南側の景色は北側とやや趣が異なり、臨海副都心のビル群が、より間近に迫って見えた。球体展望室の目立つ独特な建物は、フジテレビ本社だ。
日本を代表する建築家・丹下健三が手がけたこのビルは、レインボーブリッジが完成する直前の1993年(平成5年)4月に着工、1996年(平成8年)6月に竣工している。バブルはすでに弾けていたとはいえ、日本で一番おしゃれな最新スポットであるお台場にそびえ立つビルは、絶好調だったフジテレビの繁栄の象徴だった。
今でもその建築美は圧倒的で、一際目を引くのは間違いないが、まあなんというか、時の流れというのは無常である。
そして海上の小島──第三台場と第六台場が目に入る。
地名の由来にもなっているこの台場とは、江戸末期、ペリー来航による緊張の中で江戸幕府が国土防衛のため築いた砲台群を擁する人工島。
当初計画11基のうち完成した台場は6基、現存は2基のみである。
そのうちの1つである第三台場は公園として一般開放され、一方の第六台場は自然保護のため立ち入り禁止とされている。その2つの台場が、橋の上からよく観察できた。
幕末の軍事施設と21世紀の都市景観が、同じ視界に並ぶ光景は東京湾の歴史の厚みを感じさせる。緑に覆われた人工島の周りをたくさんの海鳥が舞い、波打ち際で羽を休める姿は、長き時間の流れを物語っている。
橋の上から眺める風景はまるでジオラマ
遠くの岸壁にはコンテナ船が着岸し、ガントリークレーンが湾岸の空に向けて腕を伸ばしていた。
そんな風景を眺めながら南側歩道を芝浦方向へ進むうち、空模様が変わり始めた。出発時にのぞいていた青空は雲に覆われ、湿気がさらに増している。遠雷が響き、海面の色は鈍く沈んでいった。
芝浦手前の円形導入路(ループ部)の上をゆりかもめがゆっくり動くさまは、まるでジオラマを俯瞰しているようだった。
【動画】ループを走る車もゆりかもめも速度を落としているので、まるで模型のように見える
足を止めてもっと見ていたかったが、いよいよポツポツと雨が降り始めたので急いで駐車場に戻る。車のエンジンをかけた瞬間、ザーッと激しい夕立が視界を白く煙らせた。ワイパーがせわしなく動く車内から、つい数分前に歩いていた橋の姿を思い出す。
レインボーブリッジは、車や鉄道なら数分で通過してしまう。しかし徒歩で行けば、主塔やケーブルの構造を観察し、潮風の匂いを感じながら、港の産業活動、台場の歴史……そうしたすべてを五感で味わうことができる。
距離は片道約1.7キロ、所要時間は25〜30分。橋上に自販機などは何もなく、トイレは芝浦側入り口のアンカレイジ内のみにある。
開場時間は4〜10月が9:00〜21:00、11〜3月は10:00〜18:00(最終入場は各30分前)である(天候や点検による閉鎖もあるのでご注意を)。
平日昼間は人影が少なく、東京の中に潜む“あまり知られていない絶景”を堪能できる。車で何度も通り過ぎたことがある橋も、一度歩けばまったく別物の印象だった。ぜひ一度は徒歩で渡ってみることをおすすめする。























