日々、どう自分をアップデートしている?
―― リーダーシップを発揮するうえで、言葉の力はとても大切だと思います。挽野さんは、業務の合間を縫って大学院で実務教育を学ばれたそうですが、そこでの経験が今の仕事にどう影響しているか教えてください。
挽野:特に印象に残っているのは「言語化の訓練」です。実務教育研究という分野では、自分の現場の経験を、単なる経験談ではなく、他者にも伝わる形で、論理的かつ再現性のある知識に変換することが求められます。これが思った以上に難しくて、自分が普段いかに曖昧な言葉で仕事をしていたか、思い知らされました。
―― 具体的には、どんな場面でその言語化の訓練が生きていると感じますか?
挽野:全社員向けに毎回テーマを決めて、経済や業界のトピックを取り上げるメールを書くのですが、ただの情報提供ではなく、「この話が私たちの仕事とどう関係しているか」「次にどう生かせるか」といった“視点”を示すようにしています。読む人によって背景も知識も関心も違うので、読み手が「自分ごと」として受け取れるような構成を意識していますね。大学院での学びが非常に役立っています。
―― 社員教育などの現場では、主体的に仕事に取り組むためには「自分ごととしてとらえること(自分事化)」が大切だと言われます。では、自ら考えて行動できる人になるには、何が必要なのでしょうか。
挽野:シンプルに言えば、「自分の仕事は自分にしかできない」とか、「自分がやっていることは、他の誰もやっていない」といった意識を持てるようにすることではないでしょうか。自分がやらないと会社がうまく回らないような仕事をいくつも作って、それぞれの人がその仕事にしっかり責任を持って取り組む――、そんな体制を整えることで、自ら考えて行動できる人になるのではないでしょうか。属人化しすぎるのも問題ですが、そこは組織として次のステップです。
―― 少し意地悪な見方をすると、個人が仕事を抱え込みすぎてしまったり、「失敗したくない」という思いから前例に頼るようになったりと、新しい挑戦がしにくい組織になるおそれもありますね。
挽野:失敗した場合、その人だけの責任ではなく、管理している人にも失敗の責任があると考えればいいと思います。失敗は決して悪いことではなく、取り返しがつくものであれば問題ないですし、むしろその方が学びになることが多いです。
実際、アイロボットジャパンでは、私も含めていろんな人が失敗をしていますが、基本的には誰も責めません。失敗したら、みんなでどう取り返すかを考え、リカバリーしようとします。創業者のコリン・アングルがエンジニア出身というところが大きいのかもしれませんが、アイロボットの企業文化として醸成されていますね。ピンチになってもどこかでそれを楽しむようなカルチャーがあります。
―― 対応が大変だった件と言えば、アイロボット米国本社の決算報告を受け、2025年3月中旬以降、一部で「事業継続が困難」といった内容が伝えられるなど、報道が過熱しました。決算書内の「継続企業の疑義」という言葉が思わぬ形で広がったそうですね。
挽野:はい、確かにあの時期はかなり混乱がありました。「継続企業の疑義」というのは、米国での会計ルールに基づく表記なんです。ところが日本では「経営危機」のような誤った解釈をされてしまい、一部報道がそれを強調しました。北米や欧州ではそういった誤解はなく、報道も新製品中心だったのですが、日本では製品発表と決算発表のタイミングがずれたこともあり、「継続企業の疑義」という表現が強調されてしまいました。
―― 実際、御社への問い合わせも増えたと聞いています。
挽野:そうなんです。お客さまからも、販売店さまからも「大丈夫ですか?」と聞かれました。私たちとしては「もちろん問題ない」と伝え続け、取引先にも「キャッシュも十分ありますし、まったく問題ありません」とお伝えしました。
SNSなどでユーザーの皆さまから「うちのルンバはどうなっちゃうの?」という心配の声が出ていたので、サポートも含めて問題ないことを強調してきました。さらに「ルンバは大丈夫だ」というメッセージを込め、4月の新製品発表では通常よりも早く告知をしました。
週末の朝から対応に追われてもちろん大変でしたが、「大変なときほど前向きに」「みんなで乗り越える」「ピンチを乗り越えると人間力が上がる」という気持ちで取り組んでいました。
乗り越えたあとには必ず学びがあり、その姿勢がチームにも伝わります。そんな企業風土があるから、ピンチのときにも周りに相談しやすく、自然とチャレンジを歓迎する空気が生まれるのかもしれません。