シャープは、隈研吾建築都市設計事務所(KKAA)のデザイン監修による新コンセプトの空気清浄機「FU-90KK」を発表した。KKAAが家電製品の監修を行うのは、今回が初めてになる。外装に本物の木材を使用し、家具のような佇まいを持ったデザインを採用。日本の伝統意匠である「簾虫籠(すむしこ)」や「障子」から茶層を得た木の縦格子を施しており、一品一様のホワイトオーク無垢材を、木工職人が一本一本を選定して、美しい木目と品質耐久性を達成。高品位なデザインを実現しているのが特徴だ。

  • 隈研吾監修の新コンセプト空気清浄機、シャープが見据えた家電進化の新たな進路

    空気清浄機「FU-90KK」

価格は55万円。2024年10月21日から発売する。月産台数は最大で100台を予定している。ホテルや飲食店などの上質空間を求める法人用途を中心に販売するが、個人ユーザーも同社ECサイトで購入が可能だ。製品化に向けては、創業111年の老舗木工企業である山口県山口市の岡崎木材工業が協力している。

シャープの沖津雅浩社長兼CEOは、「シャープは、『まねされる商品をつくれ』という創業者の精神を受け継ぎ、数多くの日本初、世界初の製品を提案してきた。現在、ブランド事業を中心とした事業構造へと変革を図っている。私の役割は、シャープらしさを早期に取り戻すことである」と前置きし、「これからの家電の進化のベクトルはどこに向かうべきか。それは、機能や性能の向上だけでなく、デザインも含めて、多様化するお客様のニーズや利用シーンに寄り添った商品を提案し、家電の新たな価値を生み出していくことである。KKAAという世界的な建築事務所との戦略的な協業により、こけからの家電の新たな可能性の一端を示したい」と意気込みを示した。

  • シャープ 代表取締役 社長執行役員兼CEOの沖津雅浩氏

また、建築家の隈研吾氏は、「この空気清浄機は、家電ではなく家具であり、さらに家具を超えたものだと思っている。特別なものができた。世界に誇ることができるプロダクトといえ、家電の歴史に新たな1ページを刻むものになる」とし、「外観は機械っぽくしたくないと考えた。空間に置くだけで、空間全体が変わる空気清浄機を目指した。木のスリットから出てくる空気は、吹き出し口から出てくる空気とは異なる特別な感じがある。木が特別な安心感をもたらしてくれる。これがこの製品の一番の特徴である」と位置づけた。

  • 「FU-90KK」と隈研吾氏

これまでに木目調デザインの家電はあったが、本当の木を使った家電はシャープでは例がない。

さらに、「ルーバー部分は5mm×10mmの寸法で加工し、天板の薄さは3mmで加工している。いずれも家具には絶対に使わない寸法である。これは、日本が世界に誇る指物師の技術レベルによって達成したものだ。プラズマクラスターによって実現する特別な空気の質に見合った外観ができれば、世界中がびっくりする新たな機械が誕生すると考え、シャープの最先端技術と、日本の伝統の力をうまく組み合わせることに挑戦した。シャープは、私たちの要求に対して、熱い熱意で応えてくれた。こちらも頑張ろうという気になった」などと述べた。

KKAAからシャープに届いたデザイン提案は、これまでの家電業界の常識を大きく覆すチャレンジングなものであり、シャープのデザイナーには大きな衝撃が走ったという。

シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部副本部長兼プラズマクラスター・ヘルスケア事業部長の永峯英行氏は、「一般的な空気清浄機とは風の通り道が異なり、外装に本物の木材を使用するという提案にも驚いた。シャープの開発者魂に火がつき、挑戦の日々が始まった。構造や性能を実現するための試行錯誤が続いた」と振り返る。

  • ラグジュアリーな空間に馴染むデザインだ

最大の挑戦は、やはり本物の木材を使用した点だ。

一般的な家電製品は、量産することや、コストダウンを目的に樹脂を使用することが一般的であり、シャープには木材を活用するノウハウは一切なかった。そこで、KKAAから岡崎木材工業を紹介され、そのノウハウを活用することで、木材を外装に使うことができたという。

また、外観デザインは、光を透過する障子、風を透過する簾虫籠から着想し、隙間から自然と風が吹き出てくるような印象を与える縦格子を採用。均等に並んでいるように見える格子は、斜めから見るとそれぞれの面が強調されすぎないように、細かな角度をつけているという。ここでは、全体的な収まり感を重視した角度調整により、すべての面が同じ見え方になり、設置の自由度を高めることにも成功している。

さらに、高級家具で用いられるホワイトオークの無垢材を使用し、表情が異なる格子を、熟練の木工職人の手で一本ずつ丹念に組み上げている。また、細い格子の加工には、プレス機が使えないため、100分の1mm単位でサイズを管理し、職人が木材同士の凹凸を見て、手作業により、糊だけで接着しているという。

天面は薄く、細いデザインとなっている。そのため、本物の木材を使用すると反りやすくなるという課題が発生するが、岡崎木材工業では、薄い木材を6枚、90度ずつ角度を変えて重ね合わせることで、木の反りや割れを防止。美しい木目はそのままに、品質と耐久性も両立したという。

また、天面で使用する木材は、それぞれに木目や節目が異なっており、経年使用による濃淡の変化にも愛着を持ってもらうといった新たな家電の在り方も提案している。

もうひとつ見逃せない特徴が、設置自由度を高めるために、4方向のどこから見ても同じ外観とし、空気清浄機でありながら、天面には吹き出し口がないデザインとしている点だ。

こうしたデザインでありながらも、プラズマクラスター空気清浄機としての高い性能を維持するために、シャープでは、気流分析や試験を繰り返しながら最適な方法を模索。その結果、4方向から、斜め上方に空気を送り出す新たな構造を開発し、性能を維持することができたという。また、0.3μmの粒子を99.97%以上捕捉する静電HEPAフィルターと、2つの脱臭機構で様々なニオイに対応するダブル脱臭フィルターをそれぞれ左右に配置。「プラズマクラスターとの相乗効果により、高い空気浄化能力を発揮。菌やウイルス、アレル物質の作用を抑え、消臭のニーズにも応えることができる」(シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部プラズマクラスター・ヘルスケア事業部国内PCI商品企画部長の花房浩章氏)という。

00 839 シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部プラズマクラスター・ヘルスケア事業部国内PCI商品企画部長の花房浩章氏

また、運転音を抑えながら、40畳までに対応できる大風量を実現。足もとの灯りによる空間演出や、AIoTへの対応によって遠隔操作およびスマホでの運転情報の表示なども可能にしている。

空気清浄機の外形寸法は、374×374×656mm、重量は約14kgとなっている。

  • 「FU-90KK」の天板や側面を開けたところ

  • 薄い天板と職人による格子のデザイン

  • 天板は6枚の薄い木材を6枚、90度ずつ角度を変えて重ね合わせている

  • 天板を開けたところ。4方向から空気が出るようになっている

  • 側面をあけたところ。なかにはフィルターが入る

  • 静電HEPAフィルターとダブル脱臭フィルターをセットにし、これを左右に配置している

今回の会見で、シャープの沖津社長兼CEOは、「当社では、新製品発表会に経営トップが登壇する前例がない。だが、このプロジェクトは、私が2年半前に白物家電事業の本部長時代に、隈氏と会ってスタートしたものであり、特別な思いがあることから参加した」と、自らの思い入れの強さを明かす。

一方で、隈氏自身、家電をデザインしたのは初めてのことだと語る。

「建築家の多くは、空間において、家電を隠すということが多い。とくに、空調機をどう隠すかということはいつも悩んでいる。建築家と家電メーカーは、モノの作り方が違うため、相容れることはできないと思っていた。その壁を超えることができ、完成した時には本当にできたんだと思った。家電と建築は友達になれると初めて思った」と笑う。

そして、「見せたいと思う家電を作ることができた。空間を変え、空気を変えるという新たな存在になれるだろう」と自信をみせる。

さらに、「建築家が持つノウハウを他の分野で生かすことは大切である。今回の挑戦も同様であり、若い建築家には、新たな世界に飛び出して、建築家として学んだものを社会に生かしてほしい」とも述べた。

協業のはじまりは、コロナ禍において、KKAAがプラズマクラスター空気清浄機を導入したことだった。

隈氏は、「コロナ禍で、世界中の人たちが、空気の質に敏感になり、空気は大切なものであることを実感し、世の中の意識が大きく変化した。KKAAにプラズマクラスター空気清浄機を導入した際に、自然のイオンを使うという原理に感銘した。そこから徐々に話し合いが始まっていった」と振り返る。

隈氏がオフィスにシャープの空気清浄機を導入してから、シャープの沖津社長兼CEO(当時は本部長)などが訪問し、プラズマクラスターの機能や価値、コンセプトを説明。プラスとマイナスのイオンを使用する自然に近い原理と、隈氏が建築で目指している自然を生かした建築方法には通じるものがあり、共感が生まれていったという。

「両社の共感から、KKAAのデザインとシャープの技術を融合することで、新たな価値を創造することを目指した」(シャープの永峯副本部長)と、協業の経緯を説明した。

製品開発において、念頭においたのが異分野、異業種ならではの掛け算によるプロダクトの創出だという。

「家電単独の概念を超えて、建築や自然、環境を掛け合わせた視点で模索を繰り返し、空気質の向上と空間調和を両立させることを目指した。シャープでは、機能や性能以外の観点で、空気清浄機を再定義するための検討を開始するなかで、あるユーザーの声に注目した。それは、空気質の改善を図りたいと考えているにも関わらず、空気清浄機の導入をためらっているユーザーである。上質な空間のなかでは、空気清浄機の素材や形状から、機械的であり、無機質なデザインが異質であると感じており、それが導入の弊害になっていることがわかった」という。一方のKKAAでも、デザインした空間に合わない家電を選ばなくてはならないという経験があり、建築家の視点で、同様の課題感を持っていたという。

シャープの空気清浄機に、KKAAが外装デザインをすることで、空間に対して違和感がない製品づくりを目指し、協業を開始することになったというわけだ。

  • 「FU-90KK」は空間に対して違和感がない空気清浄機を目指した

一方、岡崎木材工業 代表取締役の岡崎玄二郎氏は、「最大月産台数は100台であり、家電としては少ないと感じるかもしれない。だが、格子を400枚仕上げる必要があり、そこには1万本の木を使用することになる。すべてが職人による手作業であり、その技術に頼って作られている。作業手順や道具の標準化を行うとともに、何度も検査をし、工業品として出荷できるようにしている」と、モノづくりの苦労を明かす。

また、シャープでも、木を使用する上での安全性や、マイナス20℃から60℃までの環境で使用しても影響がないように、試験と改良を繰り返し、空気清浄機に木を採用できる状況を作ったという。

こうしたKKAA、シャープ、岡崎木材工業の3社の組み合わせによって、新たな空気清浄機が誕生したといえる。

  • 今回の製品は、シャープの事業変革にとっても重要な意味を持つ

今回の製品は、ブランド事業を中心とした事業構造へと変革を進めているシャープにとっても重要な意味を持つ。

沖津社長兼CEOは、「プラズマクラスター空気清浄機は、シャープのブランド事業の中核商品のひとつである。定期的に意見交換をはじめていたKKAAと、さらに踏み込んで共同で検討をはじめ、その成果が今回の新製品である。シャープでは、ユーザーが求めている商品をもっと生み出すことで、ブランド事業を拡大したいと考えており、これは、その提案のひとつになる」と語る。

シャープの永峯副本部長も、「家電と建築という新たな組み合わせによって、これまでにない商品を創出できたことは、シャープのブランド事業が元気だということを証明することにもつながる。ブランド事業を中心とした変革の成果を裏づけることができる象徴的な製品になる」と位置づけた。

また、シャープが長年取り組んできた空気清浄機市場に対して、新たなインパクトを生むとの期待感もある。

シャープの永峯副本部長は、「空気清浄機を設置したくても、設置しにくい場所があった。そのひとつが、ホテルのロビーや部屋ナド、ラグジュアリーな空間の雰囲気にあわないというものだった。今回の製品提案によって、空気清浄機の設置場所を広げたり、海外市場に提案をしたりといったことも可能になる。シャープでは、すでにデザイン性に優れたPureFitをコンセプトとした空気清浄機を海外市場向けに発売し、好評だったことから日本市場にも投入している。今回の新製品は、月産台数が最大100台と限定したものになるが、デザイン性に優れた製品は、高価格帯だけに留まらず、様々な可能性を持つ。空気清浄機市場の拡大や普及率の拡大に向けて、弾みをつけることができる」とする。

シャープでは、2024年11月以降、プラズマクラスターや空気清浄機に関する大々的なプロモーションを展開することになるという。「これまではいい商品を作り、それを発売するだけに終わっていたという反省がある。どんな用途があるのか、どんな効果があるのかといったことを訴求し、改めてプラズマクラスターの認知度を高めることにつなげたい」とする。

機能や性能の訴求だけでなく、用途提案の広がりも、これからは鍵になりそうだ。

さらに、「家電は、AIやIoTにより、便利さや快適さを徹底的に追求する方向性と、多様化するユーザーニーズに対応する方向性がある。後者では、デザインによる価値の提案もある。今回の製品で実現したように、木の経年変化を楽しむといった情緒的な価値を刺激することも重要であると考えている」と語る。

性能や機能だけでない提案は、シャープのブランド事業の成長にとって不可欠な要素であり、今回の空気清浄機新製品は、それを具現化するフラッグシップとしての役割も果たすことになりそうだ。