富士通のブランド戦略やマーケティング戦略に大きな変化が生まれている。2020年7月に、社員の行動の原理原則となるFujitsu Wayを刷新するとともに、パーパスを設定。さらに社内DXプロジェクト「フジトラ(Fujitsu Transformation)」を通じて変革への挑戦を開始。2021年10月には、事業ブランド「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」を打ち出し、7つのキーフォーカスエリアを明確にするとともに、サステナブルな世界の実現に向けた取り組みを加速する姿勢をみせた。

こうした取り組みのなかで中心的役割を担っている人物のひとりが、富士通 執行役員常務 CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)である山本多絵子氏である。富士通のブランド戦略やマーケティング戦略について、山本氏に話を聞いた。

  • 生まれ変わる富士通のブランド&マーケティング、刷新の中身を山本CMOに聞く

    富士通の山本多絵子CMOにお話を伺った

―― CMOは、富士通のなかでは初めてのポジションです。山本CMOは、どんな役割を担っているのですか。

山本: 私は、自分自身の役割を、「バリューオーケストラー」と呼んでいます。富士通のようなBtoB企業においては、それぞれの事業が持つ価値を、ひとつのメッセージとして、いかに市場に届けるかが大切です。そのためには、お客様のすぐ近くにいる営業やSEなどの富士通グループ社員が、統一した言葉やメッセージで、富士通の価値を伝えていくことが大切です。

そこで、Fujitsu Uvanceという北極星となる事業ブランドを打ち出しました。富士通のブランドをリフレッシュし、事業の方向性をひとつにまとめあげ、富士通が成長するためには、Fujitsu Uvanceのキーフォーカスエリアで、ビジネスを成長させるという基本姿勢を示したのです。これからの富士通の「始まり」を作ることができました。

  • 事業ブランド「Fujitsu Uvance」を打ち出した

私は、外部から入ってきた人間であり、しかも女性であり、これまでの富士通から見れば「異質な存在」です。内部から見ていた視点や、男性中心の経営体制にはなかった視点で提案したり、まとめ上げたりしていくことも私の役割だと思っています。

相談してもらいやすい性格が私の長所ですから(笑)、様々な人の声を聞きながら、それらをつなぎあわせて、新たなものを生んでいくことに力を注ぎたいですね。これは私が得意な部分でもあります。

―― 山本CMOは、日本IBM、日本マイクロソフトを経て、2020年4月に富士通入りしました。なぜ、富士通入りを決めたのですか。

山本: 外資系企業の場合、日本法人は、どうしても「日本営業部」という形になり、本社が基本戦略を立て、それを日本で実行することになります。マーケティングという観点からも、手応え感には限界があったり、ラストワンマイルのところで貢献しきれないという歯がゆさがあったりしました。その一方で、時田さん(富士通の時田隆仁社長)と初めてお話をしたとき、世界で通用するテクノロジーカンパニーとして戦っている姿を感じながらも、社内にはCMOというロールがなく、販売促進やマーケティングの機能は各事業部門のなかにあり、世界のマーケットに対して、富士通の価値を伝えきれていないことを感じました。

―― そこに、山本CMOのどんな経験が生きると考えましたか。

山本: 私が日本IBMに在籍していた2008年に、IBMはグローバルで「Smarter Planet」というビジョンを導入し、世界的なマーケティングキャンペーンを実施しました。そのとき、私は米IBMにおり、どうやってこのビジョンが生まれ、どう展開していくのかを目の当たりにしました。お客様や市場を見て、IBMが提供できる価値を取り入れ、マーケティング部門が主導しながら、ビジネス変革を行ったのがSmarter Planetであったといえます。当時、CMOを務めていたのが、ジョン・C・イワタ氏で、コミュニケーションの大切さや、研ぎ澄ました感覚で物事を捉えたり、マーケティングメッセージを発信する手法などを学ぶことができました。

Smarter Planetは、テクノロジーサービスの提供に留まらず、ビジネスコンサルティングまでをカバーした企業への変革、さらにその先にある社会の変革までを支援する姿勢を打ち出したものであり、このやり方は、いまこそ、富士通が求められているものだと感じました。

また、日本マイクロソフト時代には、スティーブ・バルマー氏から、サティア・ナデラ氏へとCEOが代わり、ライセンスビジネスからクラウドビジネスへと移行し、評価指標をレベニューから、コンサンプションへと変えるという大きな社内変革を行うタイミングでもありました。いま、多くの企業が取り組んでいるDXに、いち早く取り組んだともいえます。とくに日本においては、クラウドビジネスの進捗に遅れがありましたから、その分、変化の波は他国よりも大きなものになりました。さらに、日本マイクロソフトでは、率先して働き方改革に取り組むなど、多くの要素が複合的に組み合わさった変革を行い、それにあわせて新たなマーケティングメッセージを発信してきました。

富士通も、SIビジネスというこれまでの手法から大きく変革する段階に入っています。そうした点でも、私の経験が生かせると考えています。

―― 余談ですが、日本ハンドボール協会の理事も務めていますね。これも富士通のCMOとして、生かせる要素があるのですか。

山本: 私は、中学校、高校とハンドボールをやっていて、中学時代には都大会で優勝し、全国大会にも出場しました。ハンドボールは、ハードな競技で、ジャンプしてシュートする瞬発力と、試合中ずっと走り続ける持久力、そしてコートにいる選手7人がそれぞれに役割を果たすチームプレーが重要です。私の基礎は、ハンドボールで作られているといっても過言ではありません。自分だけ突っ走ってもシュートはできませんし、それぞれに役割を持った選手が、自分の役割を果たしながら、ボールを投げ合い、得点につなげなくてはなりません。ここで学んだチームプレーは仕事の基礎になっており、私の基本動作として刷り込まれています。

ご存じのように、富士通は、スポーツに投資をしている会社であり、子供から大人まで、多くの人たちにスポーツを広げることで、日本全体に感動をもたらしたり、健康で豊かな未来を創出したりできます。社会貢献という点でも欠かせない活動だと考えています。

ハンドボールはプレイする場所が少なく、チームも少ないのが現状です。学生時代はハンドボールをしていても、社会人になると止めてしまう人がほとんどで、もっと競技人口を増やさなくてはならないと思っています。そのために役立ちたいと考えています。

それと、余談のついでですが、日本ハンドボール協会は、まだ古い体質が残っていて、日本の社会の縮図のようなところがあります。その改革に取り組むことも面白いと感じています(笑)

―― 富士通のブランド戦略やマーケティング戦略の課題はどこにあると感じましたか。

山本: 富士通の事業とブランドがバラバラで、統一感がないスパゲティ状態であったといえます。富士通ゼネラルのエアコンを使っている人は、富士通はエアコンの会社だと思っていますし、富士通クライアントコンピューティングのパソコンを使っている人は、富士通はパソコンの会社だといいます。いま、日本ではDXの会社であるという発信をしていますが、このブランディングが世界で通用しているのかというとそうとはいえません。

  • 富士通はDXの会社という発信をしている

また、富士通を含めたBtoB企業の多くは、マーケティングを営業支援に捉えがちな傾向があります。しかも、製造業の場合には、それぞれの縦割りの傾向が強くなり、それぞれの部門で情報を発信するということが多くなります。お客様から課題を解決して欲しいと言われると、事業部にはそれを作る力がありますから、それを作りあげ、そこで製品のプロモーションも行ってしまう。ただ、これは、個別の製品のプロモーションであって、企業全体でのマーケティングやブランディングとは異なるものです。

また、富士通と社会の「絆」を結ぶことができていなかったともいえます。ブランドは、企業の識別子ではなく、社会と企業を結ぶ「絆」にならなくてはいけません。

こうしたことが、富士通のブランド戦略や、マーケティング戦略には欠けていました。

時田さんが、社長就任直後に、富士通は「ITの会社」から、「DXの会社」になると宣言しました。この言葉が、富士通の変革を起こし、企業、組織、社会を変革するためのきっかけになりました。そして、その後、パーパスを打ち出して、富士通の方向性が明確になり、社会のとの結びつきも明らかになったといえます。パーパスができたことで、お客様に対して、またお客様の先にある社会に対して、サステナブルに貢献をしていくことが明確になり、そこで、富士通と企業を結ぶ「絆」が示させたこと、社員やお客様にも、富士通のブランドの意味や、存在意義を理解してもらうことができるようになったと思っています。

―― 富士通社内では、「パーパスカービング」という取り組みを開始しているそうですが。

山本: パーパスカービングは、富士通の全社DXプロジェクト「フジトラ(Fujitsu Transformation)」の取り組みのひとつであり、社員全員が、自分のパーパスを削り出し、それを明確にし、富士通のパーパスと結びつけ、その達成に向かっていくことになります。

富士通は、ITサービスを提供するのではなく、一人ひとりのビジネスの成功を支援したり、組織としてより多くのことができるようにしたり、社会がサステナブルになるために貢献する役割を担うべきだと考えています。そうした姿勢を持った富士通が掲げるパーパスと、社員一人ひとりのパーパスがひとつの方向に向かわないと、パワーは生まれません。

  • 富士通のパーパス

目の前にある仕事に追われ、それを優先していると、なんのために働いているのかといったことを忘れてしまいがちになります。とくに、日本人は真面目ですから(笑)、目の前にあることに集中しすぎ、その結果、自分が目指していることから離れてしまい、それに気がつかないまま、歳月が過ぎてしまうということも多々あります。パーパスカービングでは、社長や役員を含めて、富士通のすべての社員が、自分のパーパスを定め、目の前にある仕事とやりたい仕事を結びつけることを目指します。会社と社員のべクトルが揃うことで、社員には大きなパワーが生まれ、そのパワーが会社のパワーになります。

―― 2021年10月に「Fujitsu Uvance」を発表しました。これを事業ブランドという表現をしていますが。

山本: Uvanceには、すべてのもの(Universal)を、サステナブルな方向に前進(Advance)させるという意味を持たせています。多様な価値を信頼でつなぎ、変化に適応するしなやかさをもたらすことで、誰もが夢に向かって前進できるサステナブルな世界をつくることを目指します。また、Uvanceの名称は、社員の投票によって決めました。

事業ブランドを作ることは、役員と社員のエンゲージメント、そして、お客様とのエンゲージメントの上で重要なものであり、富士通全体として、その部分に力を注いでいくことになります。また、フジトラによるカルチャー変革と、両輪の形でビジネス変革を行うのがUvanceであり、そこにマーケティングの力や、ブランドの力を使っていくことになります。

  • すべてのもの(Universal)を、サステナブルな方向に前進(Advance)させるという意味を持たせている

Fujitsu Uvanceでは、7つのキーフォーカスエリアを設定しています。

そのなかで、作るを支える「Sustainable Manufacturing」、使うを支える「Consumer Experience」、暮らしを支える「Healthy Living」、それらを実行する場をつくる「Trusted Society」を、お客様の課題、社会の課題を解決するクロスインダトリーの4分野と位置づけています。

それに対して、クロスインダストリーを支える3つのテクノロジー基盤に位置づけているのが、「Digital Shifts」、「Business Applications」、「Hybrid IT」です。これらのテクノロジーについては、今後も研究開発部門とともに進化させていきます。

  • Fujitsu Uvanceでは、7つのキーフォーカスエリアを設定

この7つのキーフォーカスエリアをお客様や業種に当てはめた場合に、具体的なソリューションはどんなものになるのか。それをみんなで議論し、お客様の課題、社会の課題を解決するために、富士通のテクノロジーを組み合わせて提供していくことになります。

富士通では、DXやモダナイゼーションといったデジタル領域を「For Growth」と呼ぶ成長分野に位置づけています。Fujitsu Uvanceは、For Grothを牽引していく事業であると考えています。各分野のスコープにあわせた新たなビジネスを展開し、既存ビジネスで関係するものもUvanceの関連ソリューションとして位置づけることになります。

―― Fujitsu Uvanceは、富士通が「サステナブル」にコミットしたことが狙いだと感じたのですが。

山本: サステナブルにコミットしただけのものではありません。むしろ、富士通のパーパスに則ったものであると捉えてもらった方がいいでしょう。富士通は、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」をパーパスに掲げています。2030年の世界を考えたときに、そこでは、サステナブルで誰も取り残されない社会と、グリーンな未来の実現が求められています。しかも、これまでになく、世界が複雑に結びつき、世界中のどこかで起こる社会課題や人々の行動が、私たちの暮らしに大きな影響を与える時代が訪れることになります。社会のあるべき姿を起点としたビジネスに大きく舵を切り、サステナブルな世界の実現を目指し、社会課題の解決にフォーカスしたビジネスを推進するのが、Fujitsu Uvanceになります。

  • 2030年に向け、解決すべき課題として挙げられたもの

―― Fujitsu Uvanceは、IBMのSmarter Planetの現代版という捉え方もできそうですが?(笑)

山本: 確かに、ヒントを得ている部分はあると思います。しかし、Smarter Planetは、Smarter Citiesの提案や、それぞれの業種ごとへの提案が中心であったといえますが、Fujitsu Uvanceは、業種という切り口よりも、クロスインダストリーやサプライチェーン全体という観点から取り組み、それによって、社会課題の解決や、お客様の課題解決に取り組むことになります。その一方で、IBMのSmarter Planetは、それぞれにソリューションアセットがありますが、そこには、Smarterという言葉は使っていません。Fujitsu Uvanceでも、製品やソリューションなどの名称にUvnaceのブランドは使いません。その点では同じだといえますね(笑)。

―― 富士通のブランド戦略やマーケティング戦略は、今後、どう進化していきますか。

山本: この2年間で、まずは、地盤づくりができたと考えています。パーパスを打ち出し、富士通ブランドの価値を定義し、事業ブランドとしてのFujitsu Uvanceを発表することができました。これによって、富士通はなんの会社なのか、何を目指すのかといったことが明確になりました。また、NPSにより、お客様や社員の声を聞く体制も構築できました。これまでのマーケティング戦略は、市場調査のデータをもとに、今後の市場成長が高い分野に対して投資していくといったように「乾いた」データからの戦略立案が中心でしたが、NPSを通じて得ることができるお客様の声、社員の声といった「生きた」データを組み合わせることで、より深い示唆を持ったインサイトを得ることができます。また、財務指標だけでなく、非財務指標を重視することで、数年後に、どんなことがビジネスに影響を与えるのかといったように、先を見ることができるような仕組みも作っています。One CRM、One ERPといった社内システムの再編もありますが、こうした取り組みも、ブランド戦略、マーケティング戦略の推進を後押しすることになります。

  • 経営目標に、非財務指標も掲げている

新たに構築した地盤の上で、今後は、Fujitsu Uvanceを、より積極的に発信し、世界に向けて、ひとつのブランド、ひとつのメッセージで伝えていきたいと考えています。

外部の調査会社によると、企業イメージでは、GAFAMをはじめとするIT企業の場合、倫理観や信頼感が低い傾向にあります。しかし、富士通はどう見られているかというと、企業に対する信頼があり、その一方で技術的にも信頼できるという声が多いという傾向があります。つまり、富士通は、信頼という部分に、GAFAMとは違う価値を持っているのです。それを生かすことが、これからの富士通のブランド戦略やマーケティング戦略では、より重要であると考えています。

  • 富士通のブランド価値は近年、着実に増してきている

一方で、今後は、データを活用して、マーケティングの力を見える化することも大切です。マーケティングが作ったリードを、デジタルセールスで展開し、パイプラインを見える化していく仕組みも構築していきます。CMOとして、データドリブンのマーケティング手法によって、ビジネスに貢献することも約束しています。いままでのように、お客様に言われたことだけをやるというのではなく、自ら提案を行うことも大切ですし、Uvanceに共感してもらえるお客様と一緒にソリューションをつくり、そのソリューションをほかのお客様に提供していくことで、社会に価値を広げていくことにも取り組みます。2022年度は、お客様からUvnaceの事例やソリューションを発信し、語ってもらえる1年にしたいですね。Uvanceに共感してもらえるお客様を数多く増やしたいと思っています。