サムスン電子は2024年4月3日、スマートフォンのフラッグシップモデルの新機種「Galaxy S24」シリーズの日本発売を発表しました。AI機能に力を入れた同シリーズですが、日本ではむしろ、従来のNTTドコモやKDDI向けと同時に、自社オンラインショップでSIMフリーモデルも発売することが大きな驚きをもたらしています。オープン市場での販売に消極的だったサムスン電子が、一転して販売拡大に乗り出したのはなぜなのでしょうか。
「Galaxy AI」に賭けるサムスン電子
毎年、日本市場に向けてフラッグシップモデルを投入しているサムスン電子。2024年も、1月にフラッグシップモデルの1つ「Galaxy S24」シリーズを発表しており、2024年4月3日にその国内発売を発表しています。
Galaxy Sシリーズといえば、カメラやゲーミングの性能に力を入れたスタンダードタイプのフラッグシップモデルとして知られています。ですが、今回のGalaxy S24シリーズは従来と大きく方向性を変え、独自のAI技術「Galaxy AI」を活用した新機能を大きな特徴として打ち出しています。
その1つとなるのが、AI技術による文字起こしや通訳・翻訳など、言語に関連する機能。外国人との音声通話をリアルタイムで通訳する「リアルタイム通訳」や、やはりリアルタイムで目の前にいる相手との対話を通訳してくれる機能などが新たに追加され、海外旅行などでの外国人とのコミュニケーションをより円滑にできる仕組みが整えられています。
2つ目が写真や映像など、カメラに関する機能。写真上のオブジェクトを移動し、空いた場所を生成AI技術によって埋め合わせる「生成AI編集」や、動画の間のフレームをAI技術で生成して補完し、通常の動画をスローモーション再生できるようにする「インスタントスローモーション」などが新たに提供されています。
それに加えて、Galaxy S24シリーズではグーグルが提供する「かこって検索」も提供されるとのこと。これは、スマートフォンの画面上にあるものを丸く囲むことにより、AI技術を用いて囲んだモノを認識し、直接検索できる機能。すでにPixelシリーズの一部機種に向けて提供されているものですが、それ以外のスマートフォンには提供されていないだけに、Galaxy S24シリーズでも同機能が利用できるのは大きな差異化要素といえるでしょう。
しかもサムスン電子では、Galaxy AIの機能をGalaxy S24シリーズだけでなく、2024年4月中旬以降のソフトウェアアップデートによって、既存のGalaxyシリーズのスマートフォンにも対応させる方針を打ち出しています。その対象となるのは「Galaxy S23」シリーズや、折り畳みスマートフォンの「Galaxy Z Flip5」「Galaxy Z Fold5」のほか、Galaxy Sシリーズの中では低価格の「Galaxy S23 FE」も含まれます。
もちろん、Galaxy S24シリーズと既存モデルとでは搭載するチップセットも違っていることから、Galaxy AIの全ての機能が実現するとは限らないようです。ただ、新機種だけでなく、既存モデルにもその利活用を広げようとしている様子を見るに、サムスン電子がGalaxy AIにかなり力を注いでいることは間違いありません。
政府の値引き規制で“忖度”から“拡販”へ
ですが、日本向けの戦略として、Galaxy AIより注目すべき動きとなるのがSIMフリーモデルの販売です。Galaxy S24シリーズは、従来のNTTドコモとKDDIの「au」ブランドから販売するモデルに加え、オープン市場に向けたSIMフリーモデルを2024年4月11日に同時発売しました。
最近では、携帯大手に向けてスマートフォンを供給しているメーカーであっても、メーカーが独自にSIMフリーモデルを販売する傾向が強まっています。ですが、その発売タイミングは携帯大手からの発売から数カ月後というケースが多く、同時発売されないことに不満を抱く声が少なからずありました。
しかもサムスン電子は、日本市場に参入しているメーカーのなかで最も携帯大手からの販売を重視しており、オープン市場への参入が最後発であるなど、長年SIMフリーモデルの販売に消極的な姿勢を取り続けてきました。それだけに、サムスン電子がSIMフリーモデルのモデルをNTTドコモやau向けと同じタイミングで販売することには大きな驚きがあったわけです。
そもそもなぜ、これまでメーカー各社がSIMフリーモデルの販売に消極的だったのかといえば、携帯電話会社への“忖度”が働いていたためでしょう。
日本では長年、携帯電話会社が携帯電話端末と通信回線とセットで提供し、端末を大幅値引きする代わりにさまざまな“縛り”を設けて回線を長く契約してもらうことで、値引きの原資を回収するという販売手法が主流でした。それだけに、メーカーが日本で販売を伸ばすには、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの携帯3社に対し、いかに自社の端末を多く販売してもらうかが重要だったのです。
そこで、メーカー側も携帯3社の販売に影響を与えないよう、あえてオープン市場に向けたSIMフリーモデルを販売しない、あるいは販売時期を大幅に後ろ倒しするなどの対応を取っていたといえます。ですが、ここ数年のうちに状況が大きく変わっており、そこに大きく影響したのが日本政府、ひいては総務省です。
総務省は長年、携帯3社によるセット販売と端末の大幅値引きが、市場競争を歪める主因になっているとして非常に問題視していました。そこで、通信料金と端末代金の明確な分離が求められた2019年の電気通信法改正や、2023年末のいわゆる「1円スマホ」規制など、携帯3社に向けて非常に厳しいスマートフォンの値引き規制を相次いで実施しています。
そのため、携帯各社はスマートフォンの値引き販売が難しくなり、それに加えて昨今の円安によってスマートフォンの価格が大幅に上昇したことで、端末販売は大きく落ち込んでいる状況にあります。そこでメーカー側も、携帯3社への端末供給だけでは販売を伸ばせないと判断し、今回のサムスン電子のように自社でSIMフリーモデルを積極的に販売する傾向が強まっているのです。
もちろん、オープン市場に向けたSIMフリーモデルの販売拡大が消費者の選択肢を増やすというメリットを生み出していることは確かです。とりわけ、Galaxyシリーズのスマートフォンを長年販売していないソフトバンクのユーザーにとって、オープン市場でGalaxy S24シリーズが販売されることがメリットとなることは確かでしょう。
ただ一方で、SIMフリーモデルは携帯電話会社による値引きが適用されない分、値段が高くなりがちで買いづらいこともまた確か。とりわけ、Galaxy S24シリーズのようなフラッグシップモデルは値段が高く、Samsungオンラインショップでの販売価格を見ると、最も安いスタンダードモデル「Galaxy S24」の256GBモデルでも124,700円、最も高い上位モデル「Galaxy S24 Ultra」の1TBモデルでは233,000円と、決して買いやすいとはいえない値段です。
とはいえ、携帯各社に対するスマートフォンの値引き規制は国策で進められているものだけに、政府の意向が変わらない限り、携帯各社からの端末販売が伸びることはもう期待できません。スマートフォンメーカー側には今後、自らの責任でオープン市場での販売に力を注ぐ“覚悟”が一層求められるでしょうし、消費者の側にも高性能のスマートフォンを買うのにとても高いお金を払う“覚悟”が求められていることは間違いありません。