東京湾がガンジス川を超えたそうだ。

超えたと言っても「快挙」ではなく、「悲報」サイドの超え方である。「汚さ」でガンジス川をついに倒したらしい。

インドのガンジス川と言えば「母なるガンカー」と呼ばれるヒンドゥー教徒の信仰の対象でありながら、ブラジャーから死体まで流れてくる汚い川としても有名である。下水や産業廃棄物流し放題な上、工場からの有害ガスがさらに水質を汚染しているという。

しかしヒンドゥー教徒からするとガンジス川は神聖な川であり「どれだけ汚れようと構わぬ!」というラオウ様のような姿勢なのか、ガンジス川の水を「聖なる水」と呼び、沐浴したり、調理にも使ったりしているらしい。

もちろん現地でも汚染は大きな問題になっており、浄化しようという動きもあるようだが、なかなか進んでいないようで、「もうあれは川じゃなくて、そういう文化」のような空気すらも感じる。

しかし、東京湾にはそのような特殊背景はない。つまり、ガンジス川から神秘性をとって、汚さを増した感じである。

やり玉に挙がった発端は東京オリンピック

ところで、なぜ今になって東京湾の汚さが話題になったかというと、来年の東京五輪でトライアスロンの会場となる「お台場海浜公園」で行われたテスト大会で、スイムが中止になるという事態が起こったからだ。

なぜ中止になったかというと、当日基準値を大幅に超える大腸菌が検出されるという「泳ぐってレベルじゃねえぞ」という状態だったからだ。

それ以前にも、そこで泳いだ選手からは、「トイレみたいな臭いがする」と苦情が挙がっていたそうだ。しかし、これは後に誤りだったことが判明する。

選手が言いがかりをつけていたという意味ではない。「トイレみたい」ではなく「トイレ」だったのだ。

日本の多くの地域では、下水道において、雨水と下水を別に処理する「分離式」が取られているのだが、人口が多い地域ほど分離式にするのが遅れており、東京都では、雨水と下水を1本の管で下水処理場に送る「合流式下水道」を未だ使っている。

よって、大雨が降ると処理場はキャパオーバーになり、大量の汚水と雨水がほぼそのまま東京湾に放出されるのである。

ガンジス川の水を「聖なる水」と呼ぶのにあやかって言うなら、東京湾には黄金がダイレクトアタックしているのだ。

テスト大会の日、基準値以上の大腸菌が検出されたのも、先の台風で汚水が流れ込んだ影響と言われている。つまり選手は、肥溜めの中を泳ぐ、という、ソドムの市でもそこまでやらなかったのでは、という状態になっていたのだ。

無関心で放置の結果なのだから、これを機に考え直しては?

運営側は今回の中止を受けて、本番では汚水の流入を防ぐ膜を強化するなど、万全の対策をとると言っているようだが、「そんな簡単な話ではない」という声も挙がっている。

お台場の水を浄化する施策は10年以上前にも行われおり、その際はカキ(牡蠣)が使われたが、そのカキが1年足らずで死滅してしまたという話がある。

嫌な事件である。ちなみに、カキによる水浄化作戦は、成功例がかなりある有力な方法だったようだ。さすが「ガンジス超え」の呼び声高い東京湾、10年以上前からこのポテンシャルである。もはや「作戦」というより、「カキを特攻させた」に等しい

選手に「ここで昔、大量のカキが息絶えた」と言ったら、棄権してしまうのではないか。怨念的な意味でも泳ぎたくない。

カキさんたちの尊い犠牲を考えると「ここで人間を泳がせるべきではない」となるだろうし、実際「会場を変えるべき」という声も出ているようだが、今のところ会場変更の予定はないそうだ。

さしあたっての対策により水質的に基準をクリアしたとしても、そのような汚水が流れ込む可能性がある、旧式下水処理を継続している湾に各国の有力選手を集めて泳がせるべきでなないのでは、という気もする。あまりそこでやることにこだわると、「日本はそういう趣味なのか」と思われてしまいそうでハラハラする。

このような知らない内にガンジス川を超えて、国際問題になりかねない発展を見せていた東京湾だが、ここまで来てしまったのはやはり、良くも悪くも国民の関心が薄く、「日本なんだから下水処理ぐらい、それなりにやっているだろう」という認識で放置されてきたためではないだろうか。

東京湾と言えば「東京湾に沈める」の殺し文句で有名だが、この度、東京湾自体にも殺傷能力があるとわかった次第である。むしろ沈められた時点では生きていても、東京湾にトドメをさされてしまう。

間違っても大雨の後、沐浴や水を直で調理に使ったりはしない方が良い。もはや、ガンジス川を普段使いするよりも危険な行為なのだ。信念もなく軽い気持ちで挑めば死にかねないレベルだろう。

しかし、東京湾は黒潮の影響で、数日で湾の水が一掃されるため、まだこの程度で済んでいるという。「奇跡」という意味では、ガンジス川にも引けを取らない湾だそうだ。

だがいいかげん、汚さでは引けを取りにいくべきではないだろうか。