連載5回目は、IPAが行った「DX先進企業へのヒアリング調査」を紹介したい。
この調査の背景では、将来、企業がグローバル化などで必須とされるDXの普及・推進について、日本ではなかなか進んでいない現状がある。そこで、一程度、DXが進んでいる、普及している企業に対し、DXを実践するために満たさなければならない要件として、どういったことがあるのか。実際に、企業へのヒアリングを行って調査をし、その結果をまとめたものである。
調査期間は、2020年10月から2021年3月まで。対象は国内外のDX先進企業である。具体的には、図2、図3の通りである(いずれもDX先進企業へのヒアリング調査 概要報告書(以下、ヒアリング調査と呼称)より引用)。
調査開始時には、デジタル技術を活用する取り組みをしていると推察される130社をピックアップし、そこから、次の3つの条件でDXの先進性を評価した。
条件1:顧客に対して、デジタルならではの新しい体験・価値を生みだしているもの
条件2:実施しているだけではなく、具体的な成果が生まれてきていることが確認できたもの
条件3:先進的、独自性のある取り組みであり、手引書に記載すべき工夫・秘訣がありそうなもの
そして、業種が極端に偏らないよう配慮し、国内16社、海外6社(合計22社)に絞り込んだ。そして、ヒアリングの実施後は、各企業から得られた情報の中から、次の3つの情報をキーメッセージとして抽出した。
- 特定業種や個別企業に依存しない広く活用できる情報
- 一般論的な内容だけでなく、実践的なプラクティスが含まれている情報
- デジタル技術活用固有の課題を克服している情報
結果、22社で合計129件のキーメッセージが得られ、同義のもの、類似するものを、統合、分類、再構成し、最終的に本概要報告書で示す知見に整理することができた、とのことである。本稿では、ヒアリング結果の調査結果から、興味深い結果の一部を紹介したい。まず、ヒアリング調査から得られたキーメッセージであるが、
- 組織が目指すDXの方向性の合意
- DXを実現するデジタル技術の導入、開発
- DXの実事業への適用、展開
- DXを推進する体制と人材
の4つに分類できたとのことだ。その関係性を図示すると、図4のようになる(ヒアリング調査より引用)。
IPAの分析によれば、当初は技術開発に関連することが多くなるのではと予想をしていた。しかし、調査結果からは、技術開発以外のキーメッセージも浮かび上がったとのことだ。これは、何を意味するか? 技術だけではDXの推進・普及は難しい、経営、技術、事業、体制・人材といった企業全体を考慮し、組織的な活動が求められるということだ。
この点については、これまで連載1、3回で紹介した動画などでも語られていることである。改めて、IT部門や技術部門に丸投げして、DXの実現はありえないということを示すものであるだろう。
具体的な、調査結果を引用したい。「組織が目指すDXの方向性の合意に関する知見」からであるが、その事例1である。
(事例1)
サービス業A社では、当初は、IT担当が1名で、基幹システムのトラブルが多発し経営層からITはお荷物と思われていた。しかし、経営責任者とデジタル技術の重要性や自社へのインパクトを深く議論することによって、自社のデジタル技術の方向性を合意できた。それを全社に共有し、浸透させることで、現在のIT部門は数十人の体制に拡大し、デジタル技術を用いてコロナ禍に対応するサービスを他社に先駆けて提供できるようになった。
これに対するIPAの分析は、以下である。
このように、単純にデジタル技術を導入するだけでDXが実現できるわけではない。デジタル技術のもたらす可能性の本質を理解し、それが自社の経営へどのようなインパクトを与えるかを見極めて、DXのビジョンを策定する。そして、そのビジョンを目指してDXに向けた各プロジェクトを推進することが成功につながっている。
ビジョンを描く際には、まず危機感を共有し、今のままでは自らの組織がどうなってしまうのかを冷静に分析することから始める。経営の危機を組織が生まれ変われるチャンスととらえて、自分たちの強みを見つめなおすことが、デジタル技術を活用した生き残り戦略を見いだすためには重要である。
このような事例の紹介、そしてIPAからの分析結果が語られている。残念ながら、その事例がどういった業種でどういった業務を行っているかまでは、書かれていない(あくまでも図3などから推察するしかない)。
これ以外で、興味深い分析があったので紹介したい。「人材に関する知見」である。
多くのDXの先進企業では、経営、事業、技術の3つに通じ、リーダシップを発揮できる「八咫烏(やたがらす)人材」(図)が中心となりDXの方向性や開発推進、事業適用を牽引していた。経営の言葉で経営者を説得し、事業の言葉で事業部門を巻き込み、技術の言葉で開発メンバーと実現可能性の議論ができる。そのような人がいることで、スムーズにDXプロジェクトを立案・推進できる。
八咫烏は、記紀神話に登場する3本足のカラスである(図はヒアリング調査より引用)。導きの神と信仰されている(日本サッカー協会のシンボルマークにも使われている)。経営者にとっては技術も、技術者には経営をも、そして事業の全体を見渡せる人材の存在が大きいということだ。IPAでは「八咫烏人材はどの組織にもいるわけではない。そのような組織では、事業の現場の人材をDXプロジェクトに巻き込み、デジタル技術の知見を身に着けさせる」と指摘する。
実際の調査結果は、それほど長文なものではない。時間のある時にぜひ、一読していただければと思う。DX推進の一助となることを期待したい。