シャープから今秋発売された、加湿機の新製品「HV-H75/H55」。デザインはもちろん機構に至るまで従来製品から刷新しており、特に2通りの方法を用意した給水方式がユニークだ。これまでにありそうでなかった新しいスタイルの加湿機を提案する、本製品のプロダクトデザインに着目し、デザイン担当者に話を伺った。
”ハイブリッド”な給水方式が生まれたワケ
従来はタンクに水を入れる一般的な給水方式を踏襲していたシャープの加湿機。新製品では、植木に水遣りをするように上から注ぐスタイルに生まれ変わった。この方式自体は既に他メーカーでも採用されているもので決して目新しいわけではないが、本製品がユニークなのは、2通りの方法で給水ができる"ハイブリッド"な仕様であること。シャープ IoT HE事業本部 国内デザインスタジオの吉野あゆみ氏は、このようなスタイルに行き当たった理由や経緯を次のように語った。
「新製品でコンセプトにしたのは、"家族誰でも使いやすい"ことです。というのも、企画担当者が子育て中ということもあり、忙しい人のために加湿機を作りたいという思いがありました。製品デザインのストーリーを考え始めた時、子どもが手伝ってくれるぐらいに簡単に給水ができるうえ、ご高齢の方でも楽に水を注げて、かつ手入れがしやすい加湿機という方向性が固まっていきました」
実際、消費者のアンケート調査からも、加湿機の購入時にもっとも重視するポイントとして"給水のしやすさ"が多数挙げられるという。同社ではこれを受け、試作段階でリビング環境におけるユーザビリティ調査を重ねたところ、上から水を注ぐスタイルがもっとも給水しやすいという結論に至った。「とはいえ、タンクの容量自体は4Lもあります。いろんな給水方法があったほうが家族で使うには使いやすいだろうということで、ハイブリッド給水方式を採用することにしました」と、同社グローバルHE事業本部 海外デザインスタジオの張ジニー氏。
新規の機構だけに想定外の課題
しかし、ひと言でハイブリッド給水方式と言ったところで、社内に前例が無かった方式だけに、開発は容易ではなかった。実現するにあたってもっとも議論されたのは、水の注ぎ口の位置だ。製品では最終的に本体正面から向かって右サイドに注ぎ口を備えているが、デザインでの理由から、当初は正面に正対して手前側に給水口を設けることを目指していた。
「上から注ぐ際に、どちら側から、どのようにやるのがいちばん使いやすいか? かなり話し合いました。デザイン的に言うと、見た目としてわかりやすいのはやはり正面。ところが、風が前方に向かって吹き出す構造では、うっかり水が跳ねた場合に身体にかかってしまうことがわかりました」(吉野氏)
張氏も水が飛び跳ねる問題に苦戦を強いられたと話す。「給水口を右サイドに移動した後も、水が跳ねないように天面の給水皿の大きさとか深さを工夫しました。注水した後に水が残らないような設計にする必要もあり、それでいてデザイン的にはきれいな曲面を保ちたい。機能と美観を両立させるのに大変苦労しましたね。給水皿は光沢のある陶器をイメージしているので、実は素材と仕上げを変えたりしているんです」
取り回しやメンテナンスにも工夫
本製品は、幅27.2×高さ45.5×奥行22センチと、加湿機としてはかなりコンパクトなサイズ感でありながらも、加湿量750ml/hのHV-H75では適用床面積(木造和室~プレハブ洋室)が12.5~21畳とパワフルな加湿能力を持つ。設置面積に関しては、底面がA4サイズ未満に収まっており、コンパクトでありつつも高い加湿性能を発揮できるという、消費者のわがままな要望を満たしてくれる商品だが、サイズ設計はどのようにして決められたのだろうか。
「給水トレーに関しては、フィルターが水を吸い上げられる能力が前提となるので、それによってだいたいの高さが決まります。そしてもう1つ意識したのは、洗面台に収まる高さ。日本の標準的な蛇口の高さから設定していきました。本体の高さ自体は、上から直接給水するスタイルのため、ふつうよりも高めです。給水方法とサイズ感の両面から老若男女問わずに使いやすいようにこだわりました」と吉野氏。
張氏も「加湿量を出すためには風路も関係します。仕様上は、4Lのタンク容量で考えていたので、それを実現するために給水トレーの大きさや形状を何回も測って、技術的な寸法を守りつつ、やわらかいデザインに仕上げるよう試行錯誤しました」と続ける。
本製品はパーツを取り外して、本体の内側に手を入れて直接手入れが行えるのも特長。この構造を実現するにあたって、技術担当者とは安全性の面でかなり議論を交わしたという。取り外しやすいという要件を満たしながらも、尖りがちな本体内側に設置するパーツで手をケガしてしまっては問題だからだ。
また、給水口に注いだ水が跳ね返るのを防ぐために、実は操作部の下に跳ね返り用の板を設けている。そもそもは機能的な目的で設けたものだったが、これが見た目にもスタイリッシュになる効果をもたらしたという。
「給水トレーの内部にも水の跳ねを防ぐためのプレートを設けたのですが、これによって風路が安定して、風の流れを整えるという思わぬ効果につながりました。また、加湿フィルターの色ははじめから水色なのですが、プレートが外側から水色のフィルターを見えなくしてくれて、かつ水の量が見やすくなるなど、今回は図らずしも機能美につながっていった箇所が多くありました。ふつうにデザインしているだけだと気づかない発見が多かったです」(吉野氏)
一方、張氏がデザイン上で意識した点として挙げたのは、シャープ独自の技術である"プラズマクラスターイオン"の表現だ。
「プラズマクラスターは弊社独自の技術。デザインの中でわかるように、風が出る部分は透明のルーバーを採用して、美しい局面の形状できれいな風が出ているイメージを表現しています。その上で、イオンが適用床面積の条件をクリアできるよう効率よく届けられなければならないため、角度が厳密に計算されているなど、技術者とかなり検討しました」(吉野氏)
シンプルでわかりやすい洗練された操作部のインターフェースも好印象だ。「タンクが外から見えないデザインでありながら、上からも水を注げるという給水方法を採用しているため、水位を操作部側でわかるようにしたというのがこだわりです。満水になると、表示ランプだけではなく音でも知らせてくれます。家族の誰もが使いやすそうな操作部にしたかったので、文字やピクトグラムもできるだけわかりやすいものに変更しました」(張氏)
冬物家電なのに「ブルー」を採用した裏話
そして最後に、製品のカラーラインアップは白物家電の定番色であるホワイトと水色の2色。だが、加湿機と言えば、一般的には冬の季節家電だろう。従来はピンク色というのが定番で、社内からは「寒々しいのではないか?」と反対の声も少なくなかったという。しかし、最終的にデザインチームの意見が採用されるに至った。インタビューに答えてくれた2人は、その際の裏話として次のように明かした。
「これまでは白に加えてピンク色というのが定番でしたが、今のトレンド感からはブルーのほうが絶対に受け入れられるとデザインチーム側が強く主張しました。プレゼンの時には、サンプルとなるファブリックを見せたり、水色のセーターを着用したり(笑)。デザイン上は、蛍光灯の下で見た時にも冷たさを感じさせないように、光の反射を考慮するなど詰めていきました」(吉野氏)
「本体はブルーですが、暖かみを持たせるために、形に丸みを持たせています。さらに、寒々しい印象にならないように、給水トレーにフロスト加工を施し、乳白色にしてバランスをとりました」(張氏)
見た目がスッキリとしている上に、コンパクトに仕上げられた新製品。加湿器の正統進化を成し遂げ、そこからさらにハイブリッドな給水スタイルや、内部を細部まで直接お手入れできる機構など、外観だけでは想像がつかない機能性も持たせた。製品化に至るまでプロセスは、お話を伺った限りでも、筆者の想像を上回るこだわりに満ちたものだった。