今年の6月12日に米国のアナログ放送が停波したことは記憶に新しい。その後、どうなっているのか? アナログ停波作戦は成功だったのか? 7月から8月にかけて、NHKや民放連、JEITA=社団法人電子情報技術産業協会などのメンバーが米国に調査に行った。この結果は、「米国アナログ放送終了調査報告」として、総務省情報通信審議会の地上デジタル放送推進に冠する検討委員会第49回に報告書が提出されている。要旨を的確に短くまとめた報告書になっており、米国での先行事例を元に日本でどのような対策が望まれるかを言及した興味深い内容だ。
人種による差がくっきりの地デジ対応
米国では、アナログ視聴家庭に対して、チューナー(米国ではコンバーターと呼ばれる)購入時に40ドルの割引が受けられるクーポンを配付した。安価なチューナーでは40ドルのものもあり、ほぼ無料でチューナーが手に入る。しかし、アンテナは自費で調整しなければならず、大都市のマンションなどの集合住宅では、共聴アンテナを改修するのが難しく、結局室内アンテナを自費で購入した世帯も多いという。当然、自動車が発する電磁波や携帯電話の干渉を受けやすく、画面がとまったり、ブロックノイズが出る中で、テレビを見ている人も多いそうだ。ただし、統計上はこのような世帯でも「地デジ可」に分類されてしまうので、「見るには見られるが不快」という世帯がどのくらいあるか実体はよくわからない。調査団は、日本ではアンテナとチューナーの両方への手当てをすべきだと進言している。なお、NHK受信料全額免除世帯260万世帯には、チューナーとアンテナの両方の完全無償化が用意されている。
また、チューナーの販売が業者にとってはいいビジネスとなったため、クーポン対象のチューナーが191種類にもなった。販売店ではどれがクーポン対象製品であるか混乱がおきたり、中には不良品も多く、返品期間が過ぎてしまってからようやくチューナーの不良だとわかり、結局自費でチューナーを買い直した人もいたという。調査団は、対象製品を絞り、不良品を排除した上で、大量生産によるコストダウンを狙うべきだとしている。
ニールセンの調査によると、アナログ停波前、地デジの準備ができていない世帯は2.5%だったが、最新の8月30日の調査では0.6%にまで減少した。しかし、米国はほとんどがケーブルテレビで、地上波でテレビを見ている人は17%程度だといわれている。ということは、地上波視聴世帯の中だけで考えると、停波前には15%の世帯が、現在でも3.5%の世帯が地デジに対応していないことになる。もし、日本でも同じ程度の数字になったとすると、それぞれ1900万人、440万人となり、かなり大きな数字だ。
米国の場合、未だに地デジが見られない世帯の人種的内訳を見ると、アフリカ系とヒスパニック系が突出して多い。一般にこのような人種の人々は収入的に厳しい傾向にあるということもあるが、英語の理解レベルにばらつきがあるということも大きいようだ。アナログ停波の告知の意味がいまひとつ理解できない、地上波には母国語の番組がほとんどないのでテレビを見ることをあきらめてしまったなどの複合的な要因が考えられる。また、国境に近い地域ではもとから隣国のアナログ放送を受信しているということもある。
日本でも在日外国人は200万人以上いて、日本語のレベルもさまざまだ。あまり日本語が得意でない人にとって、母国語の番組はほとんどない地デジには魅力を感じないだろう。彼らが「だったらもうテレビはいいや」と考えても不思議ではない。日本に住む外国人にとって、テレビよりもパソコンの方が重要になっている。自国のニュースや場合によっては自国のテレビ番組や映画も見られるし、なによりスカイプなどで母国の家族友人と通話ができるのが大きい。
米国のアナログ停波はおおむねうまくいったという評価になっており、確かにその通りだと思うが、実は米国のアナログ停波は5000万人規模でしかない。日本は1億2700万人規模で、まだ世界中でだれも経験したことがない規模なのだ。だれも触れたがらないが、人種により地デジ対応が大きくばらついていることは、後々大きな問題になるのではないだろうか。たとえば、今後移住してくる外国人の中にはテレビを買わない人も増えるのではないか。もちろん、テレビがなくても生活には問題はないが、現実問題としてテレビがあるがゆえに共有できている「常識」「マナー」「感覚」といったものは少なくない。米国と同じように日本でも外国人が地デジから取りこぼされるようなことがあると、日本人と在日外国人の感覚の違いが拡大していき、さまざまな民族が集まって日本という国が成り立っているという意識は薄れ、いろいろな民族がたまたま日本という土地に住んでいるだけというモザイク国家へ漂流し始めるきっかけになるような気がしてならない。アナログテレビはリサイクルショップでも数千円で買えるし、「いらなくなったからあげるよ」といってくれる人もなんとなく見つかった。テレビとは庶民のメディアであったはずなのだが、デジタル化によって中流以上のメディアになってしまうかもしれない。
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