世界的に活躍する画家・絵本作家のヒグチユウコさん。ヒグチさんの作品に登場する印象的な書き文字をもとにしたフォント「ヒグミン」が、アドビからリリースされます。
2021年4月10日「フォントの日」では一部のカラー絵文字がチラ見せされたり、専門誌「デザインのひきだし」でその開発にフォーカスした連載も展開されたりと、メイキングを公にしながら開発が進められてきました。
そんなヒグミンが約3年の月日を超えてついにAdobe Fontsからリリースされることを受け、フォント開発を手がけたアドビのプリンシパルタイプデザイナー・西塚涼子さんと、デザインのひきだしで「ヒグミン」連載をご担当されていたライター・編集者の雪朱里さんに、ヒグミンの開発秘話やその魅力を語っていただきました。
開発のきっかけはTwitter
――フォントの開発を雑誌連載で扱うのはあまりないことだと思います。連載はどういった経緯ではじまったんでしょうか?
雪さん(以下、雪:)
きっかけは、2018年の「フォントの日」(4月10日)関係のTwitter上でのやりとりでしたね。
西塚さんとヒグチさんがやりとりする中で、ヒグチさんが「(自身の文字が)Adobeからフォント化されたらいいのに」みたいなことをちらっと仰ったんです。それにすかさず西塚さんが反応して。
そんな感じで盛り上がったところを、たまたまそのやりとりを見た「デザインのひきだし」編集長の津田さんが、「デザインのひきだしでレポートさせて」と声をかけたんです。
西塚さん(以下、西塚:)
そうなんですよ。秒で決まった!みたいな速さで。
雪:
本当にトントン拍子でした。
『デザインのひきだし36』「りょんりょん&ユウコのフォントつくるぞ」は、人気画家ヒグチユウコさんの描き文字をアドビのタイプデザイナー西塚涼子さんがフォント化する連載。今回は〈フォントの雰囲気を決める「ひらがな」をつくろう!〉。西塚さんが直面した悩みとは? 雪は文章を担当。 #ヒグミン pic.twitter.com/RLwjHc9BKv
— YUKI Akari / 雪 朱里 (@yukiakari) February 13, 2019
西塚:
それが2018年4月なので、(開発を始めてから)3年以上は経ってますね。
3年といっても、ずっとヒグミンに取りかかっていたわけではなくて。別の仕事もこなしつつ、合間に進めていました。
ヒグチさんは作品数が多いので、あれだけたくさん文字のサンプルがあれば何とかなるかな、ぐらいの感じで始めました。だけど、フルセットで完成させる自信も当初はあまりなくて…。
でも、新しい発見や技術革新がありそうだから、チャレンジしてみたかったんです。完成したヒグミンを見ると、頑張ってここまでたどり着いたなって感慨深いです。
――ヒグチさんに五十音(ひらがな・カタカナ)を描いていただいて、それをもとに西塚さんがデザインしていった流れですか?
西塚:
それがちょっと違っていて。五十音自体は、あくまでもサンプルで描いていただいたんですね。
そのサンプルとヒグチさんの作品を見比べると、躍動感がやっぱり全然違って。正方形を意識してマス目に埋めていく作業と、絵の世界の一部として描かれるのとでは、やっぱり熱量も、ヒグチさんの意図も違うと思うんです。
ですけど、例えばウヰスキーの「ヰ」とか、ヱビスビールの「ヱ」とか、作品には出てきづらい文字もあります。なので、そういった部分を埋める意味でも、サンプルが1セットあると助かるのでお願いしました。
サンプルと作中の文字と比較しながら、ヒグチさんの文字の躍動感がどこに現れているのか確認するため、研究材料のひとつとしていただいた感じですね。例えば、ヒグミンのポイントのヒゲがどういう方向に向かうときに現れるのか、ですとか。
雪:
ヒグチさんが描かれた五十音表を改めていま見返すと、大分おとなしいですよね。作品の中に言葉や単語として出てくると、すごくヒゲがのびのびとして、文字の組み合わせの空いているスペースにあわせて、色んなところにバランスをとるために髭がのびていきますから。
フォントのヒグミンも、当初と比べると、今回のリリース版までの成長がものすごいですね。
西塚:
タイプデザイン歴が長いので、どうしても作るときに四角の枠に埋めがちなんですよね。(通常、フォントデザインは真四角の枠に文字を入れて書くため)それが染みついてしまって、最初のサンプルでも躍動感をつけたつもりだったんですけど、雪さんや津田さん、ほかのデザイナーさんですとか、見せてみると「何かカタいね」みたいな感想でした。
雪:
総ツッコミでしたよね、「真面目すぎる」って。
西塚:
当時、私も落とし所があまりわかっていなくて、「ヒグチさんの字そっくりに作る」のか、「ヒグチさんの文字をもとにタイプデザインをする」のか、定まっていなくて。私としては資生堂書体みたいな若干スタイリッシュな方向に振ったほうが(ユーザーが)使いやすいのかな?って思ったんですね。なので、初期のバージョンは今見ると自分でもびっくりするぐらい正方形なんですよ。
だけど、それではヒグチさん感が全然出なくて。文字を潰したり、ヒゲをのばしたり、太さがまちまちだったり、そういうほうがヒグチさんらしくなるっていう指摘もいただきました。そこで、ヒグチさんの作品をご本人からも提供いただいたりしてとにかくたくさん集めて、トレースして(ヒグチさんの文字の個性を)つかんでいきました。
雪:
今見ると「おとなしい!」と感じますけど、その真面目すぎるって突っ込みが入った初期のフォントも、「ヒグチさんの文字だ!」ってすごく感動したんですよ。色んな作品を収集してトレースするという過程を、西塚さんはトレーニングって言ってましたよね。
――そのトレーニング、お話を伺うだけでも西塚さんは大変苦労したのではないかと思うのですが。
西塚:
はい、トレーニングもそうなんですが、フォントとしてどう成立させるかも悩ましかったです。
ヒグチさんにとっては文字も作品の一部ですから、絵としてバランスをみて仕上げていらっしゃいます。でも、タイプデザイナー側からすると、星の数ほどある文字の組み合わせを、誰がどう使うかわからない中で、組み合わせたときの見え方を想像しなければいけません。
ヒグミンの場合、使い方によっては文字のヒゲが別の文字に衝突してしまうかもしれないので、若干大人しめにせざるを得ない中で、どうやって躍動感をだしていくか、また別の悩みが生まれました。
同じ文字でも違うかたちになる「呪文」
――フォントの性質上、用途の指定は不可能ですからね…。その悩みをうかがうと、自動で異体字を出す、要するにヒゲの形が変わる仕組みを採用したのが驚きです。
西塚:
そうですね、この仕組みは弊社のエンジニアが私の希望を組み込んでくれたんです。技術的な説明はここでは省きますけども、前後に依存して文字が変わる仕組みそのものはOpenType(オープンタイプ:フォント規格の一種)にあるんですね。フィーチャーというルールを設定することで、「同じ文字が連続して使われたとき、前の字と違う文字が出てくる」、あるいは「この文字が出てきたらその後はこれが出てくる」みたいにコントロールすることは可能です。
リガチャーにも似たような機能がありまして、例えば「FI」と打った場合、「fi」と打った場合、fとiの頭がぶつかるので、fとiを一緒にデザインした合字で置きかわるとか、前後の文字に依存して次に来る文字の種類をコントロールできるんですよ。そうやって違う文字がくるようにしています。欧文は文章中にスペースを使うので、先頭を「前にスペースが来た場合」、文末を「後ろにスペースが来た場合」で指定できます。
雪:
連載のときには「ランダム発動」とか「呪文」と表現されていましたよね。同じ文字が続いても連続して同じかたちが出ないよう、ランダムに字形が現れる…みたいなお話しだったんですけど、リリース版では何か追加変更があったんですか?
西塚:
基本的には同じですね。でも、もうちょっと複雑になっています。
かなと欧文でフィーチャーの発動の仕方が違って、かなのほうは1文字あたり3つ作って、123と順番を付けるんですよ。例えば「あ1」「あ2」「あ3」って。ひらがなは欧文と違ってスペースによる文頭・文末の判定が使えないので、1つのかなに対して3つバリエーションを作るルールにしています。例えば「のののの」と同じ字が続いたとき、1番目が出たら次の「の」は2番目、次は3番目と、違う字形が出てくる仕組みなんです。
ランダム発動は、「ののの」と単に続いた場合だけではないです。「きょうのてんきは」と打ったとして、「の」に続く「て」は、「の」が何番かによって「て」は前の番号を踏まえて変わります。また、「きょうのてんきのよそくは?」と打ったときには「の」が2つ出てきて、それらは番号を振られた順番で違うかたちの「の」が出てくる。間に入る文字数によっては再び1番が出てきてしまう可能性もありますけど、2番とか3番が出てくることもあって、そうすると一文の中でも同じ文字の違う字体が出てくるというわけです。
――なるほど。同じ字形が連続する頻度を減らしたのは、やはりヒグチさんの躍動感を再現する狙いでしょうか。
西塚:
そうですね。ただ、実際の使用に差し支える可能性があって、調整に苦心したところもありました。
ヒグミンはかなと欧文のセットなので、漢字を使いたい場合、別の書体を合成フォントに設定して使うことになります。文章はおおむね漢字、かな、漢字、かな…と交互に並んでいきますが、途中で漢字が入ると、ヒグミンの字形の順番カウントがリセットされてしまうんですね。漢字にヒグミンのヒゲが入りこむ可能性が出て、そうなると組版として美しくなくなってしまいます。
とはいえ、ヒグミンを使って文字組みをする中で、漢字がある場合も、ない場合もいずれもあり得ます。タイプデザイナーではコントロールできない部分です。それで、1番目のかなは前の文字に刺さらないよう、斜め上方向とか、少しおとなしめの字にしました。その代わり、2番目と3番目は髭が上のほうに伸びていったりとか、躍動感のあるかたちにしています。
IllustratorやInDesignには、前後依存をコントロールするOpenTypeのフィーチャーのオンオフを使う人がコントロールできるチェックボックスがあるんですが、そこをオンにした途端、ヒゲがビヨーンって伸びるんですよ。
雪:
最終的には正方形からはみ出したフォントになったんですか?
西塚:
もちろん。とはいえ、正方形って作れば作るほど、本当に良い仕組みなんですよ。今回もヒグミンを作りながら「正方形って最高だな」って思ってしまったんですけど。
前に作った筆書系の書体「かづらき」も、フォントの常識である正方形を取っ払った書体です。作るのは本当に大変でしたが、それを思い出しましたね。
雪:
連載当時も、最初は正方形に収めようとして作っていましたよね。途中のある段階で枠をはみ出した瞬間があって、そこから完成版を拝見すると、「も」や「て」の3番だとか、明らかに正方形に収まりきらない、ものすごいヒゲが付いてるなと思って。
西塚:
見慣れるとだんだん「ヒゲが足りないな」って気持ちになるんですよね。後半、どんどんヒゲを出せるところは積極的につけていきました。
雪:
聞いていると、その調整はやればやるほど、いつまでも終わらないんじゃないかっていう気もして。スケジュールにあわせて踏ん切りをつけたんですか?
西塚:
スケジュール上ここまで、というのは確かにありました。それに、私がデザインの都合でヒゲを入れすぎて、実際のヒグチさんの文字から離れたものを作ってしまうことも避けたかったので。
欧文の「O(オー)」は、ヒグチさんのどの作品を見てもヒゲがなかったので、3パターンとも同じような形です。トレーニングで見つけた「ヒグチさんがヒゲを伸ばしやすい文字」のヒゲをちゃんと伸ばしておくことでバランスをとりました。
筆記体っぽい形を混ぜてもいいかと思ったんですが、どの作品を見てもOにヒゲがないので、捏造はいけないなと。制作スケジュールの前半は頑張ってヒゲを出すように、後半はよりヒグチさんの作品に近づけるように調整していきました。
雪:
ひらがな・カタカナはすべての文字に対して3種類ずつ形を作ったそうですが、欧文はどうしたんですか?
西塚:
欧文は文字によって違うんですけど、1文字あたり4種類以上を目指して入れました。先頭用の文字、文末用の文字、そして文章の途中に出すバリエーションが2種類という分類です。
欧文は和文よりヒゲが衝突しやすいんですよ。欧文の場合はアセンダーとディセンダーの兼ね合いでヒゲがアルファベットに衝突しがちで…。そこで、作品からなるべく多くの字形を拾い、適切な形があれば個数制限を考えずに、大体4種〜5種いれました。
雪:
そうだったんですね。あと、濁点がすごく長いですよね、ヒグミンって。そこが濁点をつけるとき難しいのかなと思っていました。
西塚:
それが意外と、普通の濁点や半濁点よりも内側に収まることが多かったです。
ヒグチさんは意識しないで書いているのかもしれないですが、文字の形に沿って、邪魔しないような濁点の形になってるんですね。でも、あんなに長い濁点はこれまで見たことがなかったです。
ヒグミンの制作では、こういう発見がたくさんありました。ずっとヒグチさんのファンだったのですが、作品を単に見ているのと、実際に手を動かして写してみるのはまったく違いました。
例えば「あ」の1画目の横線が、左側に伸びていたり、「す」の払いが文字のほうに戻ってきたり。最初は漢字も参考のため写していたんですが、「日」の下の部分が弓なりに反った形で、こんなアレンジはこれまで見たことがなかったです。
ヒグミンとベストマッチの「秀英にじみ初号明朝」も同時リリース
――ヒグミンと合成フォントで使うためにDNPさんと一緒に開発した「秀英にじみ初号明朝」、今回はじめて目にしたのですが、いつ頃からコラボレーションされたんですか?
雪:
およそ2年前になりますが、デザインのひきだし連載の終盤でその話は出てきていました。当時はまだお話が固まっていなかったので、記事には書いていないですが。
取材の記録を見返したら、西塚さんはヒグミンがかな書体なので、漢字をどうカバーするかをずっと考えていらして。「秀英初号明朝と合うから、DNPの方と相談してみようかな」とおっしゃられていた段階だったと思います。
西塚:
ヒグチさんのお店「ボリス雑貨店」の看板は私がデザインしたんですが、秀英初号明朝はそのときすでに候補に挙げていました。「ボリス」はヒグチさんのテイストがあるカタカナのデザイン書体、「雑貨店」は手書きでと考えていたんですが、「しっかりとした明朝体と合わせたい」とヒグチさんから要望があり、そのときに秀英初号明朝に目を付けて、今回ヒグミンと組み合わせてみても、やっぱり合うなと思いました。
秀英初号明朝はAdobe Fontsに入っていますので、ヒグミンのテストフォントと合わせて「これは多分バッチリ合う」と手ごたえもあったんですけど、そこで「にじみ」が問題になりました。
ヒグミンにはフォントソフトの「Glyphs(グリフス)」でラフのフィルターをかけて、直線的ながさつきのあるにじみの効果をつけようとしていたのですが、漢字のほうもにじませないと組み合わせて使えません。そこで、にじみの効果をつけた書体を出されていたDNPさんに、にじみのある秀英初号明朝の開発を検討されているかどうか、問い合わせたのが最初でした。
――西塚さんから声かけをされたんですね。
西塚:
それでわかったのが、にじみ系のフォントに使われていたのは、色んな印刷物をもとに研究したDNPオリジナルのフィルターだったんです。その仕上がりが素晴らしかったので、ヒグミンにもDNPさんのにじみフィルターをかけていただきました。
前述した通り、Glyphs(あるいはIllustrator)でもにじみの効果はつけられますが、ギザギザした風合いです。DNPさんのフィルターはにじみがなめらかです。「にじみのオプティカルスケーリング」じゃないですけど、大きいサイズでフォントを使うときは、なめらかなにじみ感でないと汚く見えてしまうため、ヒグミンにはDNPさんのフィルターが最適だと思ったんです。
雪:
「にじみのオプティカルスケーリング」っていうすごい言葉が…!
ヒグミンは基本的にディスプレイフォントですもんね。小さく本文に使う書体ではなく、大きく使われる可能性が高いから。
西塚:
そうですね。絵本のタイトルぐらいの大きさでにじみが見えればよいと思ったので、控えめなにじみにしてもらいました。
「ヒグミンもDNPのフィルターでにじみをかけてほしい」というのは難しいお願いでしたが、そうしないと組み合わせたときに、ヒグミンと秀英初号明朝のにじみのテイストが明らかに違ってしまいます。同じフィルターでにじみをつけることで親和性を高めて、合成フォントでも使いやすくするためにお願いしました。
――当初、西塚さんは(デザインのひきだしの連載で)にじみもヒグチさんの文字の特徴のひとつと語っていらっしゃったのですが、製品版ではにじみのない「スムーズ」と「にじみ」の2種類を作られたのはどうしてですか?
西塚:
最終的にユーザーさんが使うものなので、にじみを持たないスムーズもあったほうが加工もしやすいことから2種類にしました。でも、やっぱりにじみがあるほうがヒグチさんらしく見えるので、それも絶対に入れたかったんです。
それに、にじみを作るにはスムーズの書体を作らざるを得ないので、ベースになるスムーズをそのままお出ししたほうがいいのかも、と。スムーズを加工すると、もっとラフなテクスチャを反映したフォントにもできますしね。
雪:
にじみのかけ方で今後ウエイト展開したりする可能性はありますか? 太さじゃなくてにじみ具合でウエイトを増やしてファミリー化したり(笑)
――例えば「ヒグミン にじみボールド」とか広がりそうですね。
西塚:
確かにそういう広がりがあってもいいかも。小さい文字用ににじみが強いものがあってもいいかなと思ったりもしますが、ただ、DNPさんは泣いてしまうと思います。
にじみフィルターって、フィルターと言うからにはリターンキーを押したらバーっと一括でかかるイメージかもしれないんですけど、フィルターをかけたあと、ヒグミンもそうなんですけど、全部手作業で微調整が入っていますからね。
雪:
全部の文字に手が入ってるんですか? 全然自動のフィルターじゃなかった…。
西塚:
全然自動じゃないんですよ。活版印刷のインクのにじみ具合を表現したフィルターなので、先端が少し強めに出るんです。ヒグミンの場合、ヒゲの先端にポコンとしたインクだまりが出がちで、そこをヒグチさんが描いたような、フワッとしたまつげみたいな形状に調整しました。
にじみ具合もそのままだと文字ごとにばらつきがあるので、そろえるのも手作業で。こうした調整はヒグミンに限ったことではなくて、DNPさんのにじみ書体はすべて手作業なんです。
ヒグミンの調整は私がやりましたが、秀英にじみ初号明朝はDNPさんの血と汗の結晶です…。ヒグミンとなじむように作ってもらったので、にじみのバリエーションを増やす方向に行くのはちょっとはばかられますが、チャレンジでもありますね!
欧文や絵文字も一手に引き受けた「チャレンジ」
雪:
ところでヒグミンはひらがな・カタカナ・欧文とあって、さらに分担ができないデザインだと思うんですが、全部西塚さんが書いたんですか?
西塚:
はい、今回は欧文もデザインしました。日頃、欧文は触らないので今回はじめて作りました。
雪:
アドビには欧文のタイプデザイナーさんがいらっしゃいますもんね。
西塚:
ロバート・スリムバック先生を筆頭に優秀なデザイナーさんがUSにいらっしゃいます。貂明朝ではUSで作ってもらったフォントを組み合わせたんですけど、ヒグミンは作家性が強いので、そのときのようにお願いするのは難しくて。
雪:
説明も難しいですしね。
西塚:
だから、これは私がやらざるを得ないなと思って。
一番心配だったのは、海外の目線で「ヒグミンの欧文フォント」が受け入れられるのかどうかでした。海外のクリエイターが手書き風の日本語フォントを作るのはすごく難しいと想像しますが、まさに自分がその逆パターンとして「日本のデザイナーが手書き風欧文フォント」を作るわけですから。
不安はあったんですが、USのメンバーに見せたら「面白い」って言ってもらえました。
雪:
ひらがな・カタカナが1文字あたり3種類ずつ、欧文だと4種類以上、濁点や記号もあるし……これ、西塚さんは全部で何文字作っているんですか?
西塚:
1,000文字以上はあったんじゃないかな。さらに絵文字も入りますからね。かなりの数の…。今のところ、絵文字抜きの状態で1,400文字くらいはありそうです。
雪:
普通のかな書体(50音×2)の量じゃない…。
西塚:
(かな1文字あたり3種類あって)3倍ですからね。3倍頑張りました。
――それに加えて、絵文字も今年の8月に「大幅追加」と西塚さんがツイートされていたのを見かけましたが…。
西塚:
そうなんですよ、作業はかなり大変でしたね(笑)でも、大変だったのは第一弾の絵文字のほうで、夏ごろ追加したのは単体で使えるものがメインで、それと比べれば負担は軽かったです。
――追加されたのは、ヒグミンのサンプル画像にあるお月様などでしょうか。
西塚:
そうですね、タコとか猫の絵とかも。スペードなど通常のフォントに入っている記号が多いです。お天気マークもそうですね。
雪:
お天気マークといえば、私は名前が雪なので雪が気になるんですけど、雪だるま溶けてる!(笑)
西塚:
最初は、ハサミや矢印など基本的な記号だったんですが、そのうちに「天気マークもお願いしよう」となって、太陽もいいよねとなったら、雪だるまが溶けた絵も描き始めてくれて「異体字ができた!」と(笑)。
雪:
溶けてる雪だるまマーク、はじめて見ました。
西塚:
フォントの日にご紹介したどんどんつながる絵文字や装飾用の絵文字をメインに入れたので、それで十分かなと思っていました。ですが、デザイナーさんのフィードバックをいただくために開発段階のヒグミンをお見せしていたら、装丁デザイナーの祖父江慎さんから、フォントの基本セットにある記号も絵文字が入っていると嬉しいな、とリクエストをいただいて。
ヒグチさんのご都合やリリースまでのスケジュールもあったのでダメ元だったのですが、ヒグチさんが予想以上にいっぱい、目の前で記号用のイラストを描いてくださいました。
雪:
ヒグチさん、描き上げるのがすっごく速いですからね。
西塚:
本当に。迷いもなく描いていって。ちょっと歪んだかたちの口の絵も、何か見るわけでも、自分で鏡を確認するわけでもなく、さっと。圧倒されました。
雪:
とはいえ、「当初はこれだけでも十分」というには、「つながる絵文字」のほうも驚異的なんじゃないかと思います。草がどこまでもつながる絵文字とか。
西塚:
草はヒグチさんの画集の中から見つけて、フォントを打ち込んで草がざーっと生えたら面白いんじゃないかと思い、オリジナルで起こしてもらったんです。
雪:
それをうまくつながるように一文字分をデザインするのがすごいですよ。
西塚:
調整が大変でした…。となりの絵文字と接触する部分がかなりシビアなので。
雪:
伸ばせるリボンも、無地はまだしも水玉模様が大変そう…。
西塚:
リボンの真ん中のパーツが繰り返し並んでもおかしくないように、左右のデザインをぴったり合わせなきゃいけないんです。しかも手描きなので、水玉模様がゆらゆらしているわけですよ。調整が1日仕事で…。
雪:
でもそのおかげで、リボンも草も伸ばしたければいくらでも伸ばせるわけですもんね。
西塚:
実は、開発終盤で草にエラーが出ちゃったんです。原因はパスの数が多すぎ、っていう…。それで、不自然にならないようにパスを間引く作業が発生してしまいました。
雪:
草の間引き、草だけに…。
――本当に途方もない…。苦労の末にヒグミンは生まれたんですね。
西塚:
それでも、ヒグミンのようなフォントはアドビにしかできない、と思いながら取り組んだので、すごく面白いフォントができてよかったと思っています。
やはり、アプリケーションと同時に開発できるのがアドビの一番の強みなので。ヒグミンのテストを通じてIllustratorやInDesignの改善やバージョンアップにもつながり、やはりチャレンジをすると技術革新にも繋がるのかなと実感しています。
アドビがやるから、他社さんでも「ヒグミンが出てるんだからこれ行けるよね」みたいに、新しい取り組みをしていただけるんじゃないかと思います。
雪:
ヒグミンって、単にヒグチさんのかわいい文字をフォントにしただけじゃなくて、そこに新しい技術が詰め込まれていますよね。
西塚:
まさに、「YUKO 愛」ですね。
――愛なくしては完成しなかったでしょうね。先日はヒグミンのカラーフォントだけでも1本取材になってしまったのに、それ以外のこともありすぎて。
西塚:
ヒグミンは本当に盛りだくさんなんですよ。漢字は入ってないのに!
雪:
ヒグミン立ち上げ当初から取材してきた身としても、まだお話ししきれてない部分もありそうだなと思います。
――とても残念なのですが、お時間なのでここで。今後もヒグミンやそれに続くフォントのリリースを期待しています。ありがとうございました!
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— 【公式】マイナビニュース デジタル (@mnpcdigital) October 27, 2021