独自のユーザー層を構築できるか

ラジオ業界の大きな動きとして記憶に新しいのは、PCやスマホを通じ、ラジオ番組をネット経由で聴ける「ラジコ」がタイムフリー聴取に対応したことだ。タイムフリー聴取とは、ほぼ全てのラジオ番組を、放送後1週間に限り、いつでも後から聴けるというサービス。タイムフリー対応のラジコとラジオクラウドがどのように共存していくのかは気になるところだ。

この辺りの事情をTBSラジオでラジオクラウドを担当する同社メディア推進局インターネット事業推進部の藤田真毅氏に伺ってみると、ラジオ局には「ラジオリスナー」と「ポッドキャストユーザー」という2つの受け手が存在したという事実が重要らしい。つまり、ポッドキャストは聴いているが、ラジオを聴く習慣はないというユーザー層が存在したのだ。

TBSラジオは35番組をラジオクラウドで配信する。ちなみに文化放送は2番組、ニッポン放送は1番組と他局の番組は少ないが、これが増えればラジオクラウドの発展につながりそうだ。ラジオクラウドには関西や沖縄などの放送局も参加しているが、この点は、無料版ではアプリを起動した地域の放送しか聴くことのできないラジコと比べて特徴的な部分だ

確かに、ラジコで後から遡って聴けるとしても、忙しい人にとっては、例えば2時間の深夜番組を始めから終わりまで通して聴くのは大変だ。それならば、ラジオの作り手が知恵を絞って作成した、ディレクターズカット版とでも呼ぶべきポッドキャスト番組を聴こうというユーザーが、一定程度は存在してもおかしくない。このポッドキャストユーザーが、つまりはTBSラジオクラウドのユーザーになったわけだろうし、今後はラジオクラウドのユーザーになるかもしれないのだ。

ここに他局の番組が増えて、オリジナルコンテンツも楽しめるとなれば、ラジオクラウドのユーザーは更に拡大するかもしれない。「(ラジオクラウドに)目玉となる番組を作りたい」と藤田氏は語っていたが、ラジオ局にしてみれば、ラジオクラウドの誕生は独自コンテンツの出し先が1つ増えたようなものなので、ラジオクラウドでも各局の特色が感じられる人気番組が生まれる可能性はあるわけだ。ラジオクラウドでラジオの面白さを知って、ラジオやラジコのリスナーになる人も現れるかもしれない。

ラジオ番組を核とするサービスならではの可能性

無料で聴ける、広告モデルの音声コンテンツ配信サービスという意味で、ラジオクラウドは例えばスポティファイの無料版に近い。ここで重要なのは、スポティファイなどは音楽を核とするサービスであるのに対し、ラジオクラウドの核はラジオ番組であるということだ。

ラジオは不思議なメディアで、例えば商品を見ることすらできない「ラジオショッピング」というビジネスが成り立っていることからも分かるように、ラジオの聴き手の中には番組に対して特別な信頼感を持っている人が少なからず存在する。また、人気ラジオ番組が主催するイベントの集客力を見ていると、ラジオが抱えている熱量の高いリスナーの数も驚くほど多い。

ラジオは聴き手に何かしら“距離の近さ”のようなものを感じさせてくれるメディアだといえる気がする。このラジオとリスナーの関係性は、ラジオを広告媒体として活用したい企業にとっても魅力的に映るはずだ。そこに新しい広告手法が加わることで、日本の音声広告市場は活性化するかもしれない。

実際問題として、既存のビジネスモデルに固執していれば、ラジオ業界は早晩、事業を続けることすら困難な状況に陥るかもしれない。そんな中で、ラジコのタイムフリー化に踏み切ったり、新しくラジオクラウドを始めたりしている業界の動きは、クオリティには絶対の自信がある音声コンテンツ(番組)を何とか収益化し、メディアとしてのラジオを存続させたいという考えの表れだと捉えることができる。ラジオの将来を占う意味でも、まずはラジオクラウドがユーザーに受け入れられるかどうかに注目したい。