7月27日と8月3日、公益社団法人渋谷法人会、映画監督の永田琴、映画人育成を手がける株式会社映画24区による共催で、ワークショッププログラム『えいがっこ! 2014』が開催された。

『えいがっこ!』は、自分という題材を脚本化して一本の映像に仕上げる、ワークショップで、今回は小学校4年生から6年生を対象としている。普段、何気なくやっていることに理由を見つけ、自分自身に問いかけ、個々のエピソードを脚本形式で物語化させることで、ロジカルに考える力と、映画づくりという団体行動の中で培われるコミュニケーション能力の育成を目指してスタートし、これが3回目の開催となる。

参加した11人の児童にはiPad miniを貸与し、基本的にそれだけで、映像作品を作り上げていく。

考えることとコミュニケーションを重視

初日は永田監督、参加した児童、スタッフの自己紹介からスタート。映画を作るとは何か?という講話に続いて、iPad miniの使用法についてのレクチャーが。あわせて写真や動画の撮り方、『Keynote』の使い方の指南も。その後、「喜怒哀楽を考える」と題して子どもたちに自己分析を始めさせ、喜怒哀楽の表情を写真に撮り、Keynoteで各自のプレゼンが行われた。

永田琴(ながた こと) 1971年生まれ。関西学院大学商学部卒業。岩井俊二監督作品(『リリイ・シュシュのすべて』他)をはじめ、三枝健起、クリストファー・ドイル等の多数の映画、TVドラマ、P.V、CFで制作、助監督を務める。2001年よりフリーのディレクターとして映画だけにかかわらずCM、PV等多岐にわたって企画・演出を始める。2004年『恋文日和』(オムニバス映画)で劇場公開デビュー。2007年『渋谷区円山町』『Little DJ~小さな恋の物語』(20回東京国際映画祭正式招待作品)が公開。資生堂主催の企画展「スクリーンのなかの銀座」(2007年ハウスオブシセイドウにて開催)に於いても短篇「WOMAN」を出展している。現在、WOWOWの連続ドラマWで、監督を務めた『東野圭吾「変身」』が放映中。

この「喜怒哀楽」は永田監督が用意したベースとなるシナリオのタイトルにもなっている。その後、脚本作りが始まり、さまざまなエピソードを手書きで書き込んでいく。テクノロジーを使った方法論と、昔ながらの方法のハイブリッドとも言うべき手法であるが、この手作業というのは、プロフェッショナルな現場においても、今なお有効なのである。

永田監督が用意したベースとなるシナリオ、「喜怒哀楽」

昼食後に皆で、代々木公園へ移動。同ポジの撮影から入って、最近の出来事や、自分の恥ずかしい話、特技などを話し始め、iPad miniに収めていく。一通り撮影が終わると、渋谷法人会館へと戻り、今日のまとめと、永田監督から宿題が出される。

この日のメインイベントは代々木公園での撮影。シナリオに沿って、子どもたちは映像を収めていく

二日目、まずは、初日に出された宿題の発表から。宿題とは、「○年後の私へ」というテーマで、将来の夢を思い描き、何故そうなりたいのか、実現にはどんなことをしなければならないか、といった考えを纏めてくることだった。子どもたちは「オリンピックの選手になりたい」「カフェのオーナーになりたい」など、それぞれの未来を語り始めた。

「○年後の私へ」というテーマで自分の将来の夢を語る

永田監督は、映画監督という仕事に於いて、コミュニケーションを重視しており、スタッフとのやり取りの中で、自分自身について振り返ったり、問いかける場面が多いと言い、考えることと、考えたことを他者に伝えること、コミュニケーションを図ることが、映画の制作だけでなく、人間が生きていく上で重要なことであると話す。このワークショップも監督としてのノウハウを仕込むことより、思考することと、物事を他者に伝えることを、映画を通じて実践することを目的としており、自分で考えられるようにすることが大事とも話していた。確かに、永田監督が語るよう、どうして、その行為に至ったかを訊いたとき、「こう言われたからやりました」と返答するような子たちばかりになるのは悲しいことだ。

iPad miniを利用し、頭と手、両方を使った成果は驚くべきものだった

iPad miniとiMovieを使った編集作業のレクチャー。子どもたちに、何が一番楽しいた聞いたところ、多くの子が「編集」と答えていた

iPad miniをワークショップで使用するのはこれが初めてだとのことで、開催二回目までは、ビデオカメラと、Final Cut ProをインストールしたMacを4人のグループで利用していたらしい。それが、今回、一人一台、iPad miniを渡し、シナリオ作り、撮影、編集、発表までを進めることとなった。永田監督は、iPad miniの導入により、作業効率が上がっただけでなく、より掘り下げたワークショップができるようになった、これまでのように待ち時間が長くなって子どもたちが飽きてしまうということがなくなったと満足げだ。通常の映画制作は、撮影や編集は分業制をとっているが、子どもたちはiPadを使って、発表までのすべてをこなす、このことについて永田監督は「iPadならでは、ですよね。自分のやりたいことを形にできる」と評価していた。大きさも子どもたちの手には丁度良い感じである。

iPadの使用体験があると答えた子も多く。中には自分で持ってるという子も

午前中はこの後、iPad miniと『iMovie』を使った編集方法のレクチャーが。続いて、先ほどの「○年後の私へ」というテーマで、自分自身のインタビュー映像を撮るグループと、映像のバックで使用するペーパーオルゴールのシート作りを行うグループに分かれて作業が始まった。映像を撮り終わったグループはオルゴール作りに入り、逆にオルゴール作りが終わったグループは映像を撮る、という要領で。

インタビュー映像は、バックに布を張って、きっちりライティングもして、本格的な収録。映像と音声の収録は、もちろんiPad miniで

オルゴール作りでは、モートン・フェルドマンばりの図形楽譜を書いていく子もいれば、楽器を弾ける子は、教えられてもいないのに『GarageBand』を起動して、鍵盤を叩きながら、シートに転記していくなど、とても興味深い光景が広がった。

オルゴール作りでは、ハンマーを使ってシートに穴を開けていく

昼食をとって、午後からはiMovieを使って編集作業に突入。カットのつなぎ方、トランジションの適用法、オーディオデータのミックスなど、午前中に教わったテクニックを活用して、一本の映画に仕上げていく。構成に関しては、前述の「喜怒哀楽」というシナリオをベースにしているが、このシナリオが実に良くできていて、書かれた通りに編集を進めると、本人の知らぬ間に、エイゼンシュテイン/グリフィスのモンタージュ技法が体得できるようになっているのだ。同ポジによる撮影なども含まれていて、映画の基本的な手法がすべて入っていると言って過言ではない。もちろん、単なる「指示書」ではなく「自分で考える」というプロセスを大切にするための工夫もなされている。

編集作業も佳境。BGM用に録音したオルゴールもミックスしていく

2時間半という短い時間の中、MAまで行ったところで発表会に移る。各自の作品をAirDropを利用して順番に上映していく。このあたりも、今あるテクノロジーを上手く利用しているのように映った。データをメディアで移動したり、ケーブルをいちいち差し替えることなく、テンポ良くプレゼンテーションできる。

しかし、ここで筆者が目にしたのは本当に驚くべきものであった。仕上がった作品の中にはなんと、シナリオには書かれていないクロスカッティングやジャンプカットを駆使したものがあったからだ。編集作業には、操作が分からなくなった場合などを想定して、大人のサポートがついてはいた。彼らがそういった技法を子どもたちに教えたのかもしれない。だが、知識として得たとして、それを効果的に使えるかどうかはまったく別の問題だ。勝手にGarageBandを起動した子もそうだが、彼らは、永田監督が想像したよりも、深く考え、他人に見せられるものにするにはどうしたらいいか、試行を繰り返していたように思えるのだ。iPadが想像力を喚起するツールであったとしても、一連の作業に於ける、自分を考えることで、自身を客観視し、ひいては他者の考えを慮るというプロセス抜きに、この結果を論じることはできないだろう。

自己紹介を交えつつ、一人ひとり、感想を述べながら作品のプレゼンをし、上映していく

斯くして11名の作品の上映が終わった。美容師になりたいという子、社会のリーダー的な存在になりたいという子、いろいろな未来がそこにはあった。怪我で走れなくなった競走馬の介護する仕事をしたいといった子は、タルコフスキー、アンゲロプロスの向こうを張る長回しで馬を追い続けていた。残念だったのは「映画監督になりたい」という子が一人もいなかったことくらいだろうか。外科医になりたいと言ってた子には、将来、ある夏休みに、切った貼ったの技術を習得したことを思い出してほしい。ほかの子たちも、映画作りを通じて学んだことを、さまざまな局面で、アナロジーを使って、活用して欲しいと願う。

完成した作品は、8月26日(火)14時から、Apple Store銀座の3Fシアターで発表される。これにはワークショップに参加していない一般の方も無料で入場できるということなので、是非、彼らの成果をご覧頂きたい。

(提供:iPad iPhone Wire)