nextbeat開発秘話が明かされる

パソコンでイラストを描いたり、画像加工を楽しんでいる人にとって、ワコムは親しみのある会社だ。ワコムのペンタブレットはグラフィック業界のマストアイテムであり、多くのイラストレ-ターやアーティストが愛用している。そうした同社が音楽業界に初参入するというだけでも驚きだが、第1弾となる「nextbeat X-1000」(以下、nextbeat)は、基本的なDJ機能を搭載しながら、タッチセンサー、ワイヤレス、多機能集約型という数々の特徴を備えていて、DJ機器の常識を覆す、意欲的なツールに仕上がっている。nextbeat開発の狙い、音楽業界参入にかける意気込みなどを、企画設計を担当した清水豊氏(NEXTBEAT 事業推進部 事業企画 Gr. マネージャー)、内山雄介氏(NEXTBEAT 事業推進部 事業企画 Gr. シニアプロダクトスペシャリスト)の両名に語ってもらった。

「ペン」を捨てることから開発ははじまった

DJとしても活動するワコムの内山氏。レコードバックにも入るnextbeatのサイズをアピール

nextbeatはタッチセンサーとワイヤレス機能を搭載し、さらに持ち運びを前提とした設計となっている。その存在感は既存のDJ機器とは一線を画し、これまでにないDJツールであるといえる。しかし、設計スタンスはあくまでもプロ仕様。同社はすでにアメリカ・マイアミで行われた「Winter Music Conference」、ドイツ・フランクフルトで開催された「Musikmesse」、スペイン・バルセロナで行われた「SONAR 2009」にて本機を公開しているが、プロフェッショナルユーザーの反応はどのようなものだったのだろうか。

「マイアミのWMCで有名DJを集めてイベントを開催しました。一通り使い方を説明して彼らに触ってもらったところ、『タッチ&フィールがおもしろい。デジタルDJ機器を触った経験があればすぐに使える』という評価をいただきました。操作面ではタッチセンサーのレスポンス、ワイヤレスのレイテンシーがポイントになりますが、ともに実戦投入できるクオリティだとお褒めの言葉を多数いただいております。その一方で、『思い通り完璧にプレイするには多少の慣れが必要』という意見もあり、貴重なフィードバックを得ることができました」(内山氏)

ワコムはペンタブレットメーカーとして定評ある会社だ。そのワコムが音楽業界に参入し、しかもその第1弾は個性的なDJツール。nextbeatはどのような背景から誕生したのだろう。

nextbeat実機のワイヤレス部分を手に開発コンセプトを語るワコムの清水氏

「発端は約3年ほど前に発足された新規事業企画になります。弊社が得意とするセンサー技術を使い、新しい展開はできないものか。当初は様々な企画がありましたが、どうしてもペンとセンサーの組み合わせにとらわれてしまう……。そこで『ペン』から離れたところで考えようということになり、急浮上したのがタッチセンサーのノウハウです。弊社はクリエイターやアーティストに知名度があることも鑑み、タッチセンサーを応用できる音楽機器DJツールの開発に着手しました」(清水氏)

DJツールとワイヤレス。これはブレイクスルーと言えるほどのインパクトがある。この発想はどの時点で生まれてきたのだろう。

「ワイヤレス搭載は企画のかなり早い時点から決まっていました。というのも、当初はコントローラ単体の製品化を企画しており、DJのプレイスタイルを広げるべくワイヤレスはその目玉機能として盛り込まれていました。実はベース部分はプロDJ達からの意見で現場仕様向けに後から追加したんです」(清水氏)

DJプレイにおける音切れや遅延は致命的といえる。ワイヤレス導入による不安要素はなかったのだろうか。

「まず、本体とコントローラはコントロール情報のみをやり取りしています。サウンド自体は本体で再生しているので、音が途切れる心配はありません。ワイヤレスは高速性を重視して2.4GHz帯の独自規格を採用しました。レイテンシーは10ms未満ですから、遅延を感じることはないでしょう。ワイヤレスの通信エリア外では、コントローラのLEDが点滅してプレイヤーに知らせます。再び通信エリア内に入ると、自動復帰してコントローラによるプレイが可能になります。また、最大6台までコントローラを同時使用できるので、アイディア次第で多彩なプレイをお楽しみいただけます」(内山氏)

DJプレイの概念を大きく変える可能性を持つのがnextbeatだ

本格機能の一体化でDJスタイルに革命を起こす

nextbeatはプロ仕様を謳うDJツールだ。一般的には、コントローラだけを発売し、既存のDJシステムに組み込んでもらうというアプローチが考えられる。しかし、本製品はターンテーブル、ミキサー、エフェクター、サンプラーを一体化。いわゆるオールインワンスタイルのDJツールだ。既存のシステムとリプレイスすることになり、プロDJたちは新たなシステムに慣れる必要が生じる。そこまでして機能一体型にこだわった理由はどこにあるのか。

「端的にいうと、機能提案ではなく、スタイル提案ということです。たしかに単体コントローラなら既存のシステムに組み込みやすく、プロDJたちも気軽に試してくれるでしょう。しかし弊社としては、DJスタイルそのものに揺さぶりをかけたいと考えています。ワイヤレスターンテーブルという機能性にとどまらず、これまでDJプレイが難しかったようなシチュエーション、プレイしたくても機材が設置できなくて断念していたようなシーンなど、本製品なら様々な場面でDJプレイが可能です。それこそ結婚式の披露宴とか、ちょっとしたイベントとか、ケーブル一本接続すれば様々な機能が使用可能なので設置の手間や会場設備にとらわれずにプレイできます」(清水氏)

「これまでDJブースはホールの壁際は設置してありましたが、ヨーロッパなどではフロアの中央に設置するところも見受けられます。360度オーディエンスに囲まれた状態でプレイすることになり、ビジュアルパフォーマンスが重要になってきました。これからのDJはブースからステージへ、フロントエンドへ出て行くというマインドが必要になってくるでしょう。ステージでギターリストがギターを持ち、ボーカリストがマイクを握るように、nextbeatはDJにとっての楽器になってくれます」(内山氏)

タッチセンサー、ワイヤレス、そして本格DJ機能の一体化。こうした技術の数々が、楽器としてのDJツールを生み出した。これこそがnextbeatの真骨頂といえそうだ。

清水豊(写真右)
NEXTBEAT 事業推進部 事業企画 Gr. マネージャー。「いつでもどこでもプロ仕様のプレイが可能。この点がnextbeatの強みです」と製品への自信をのぞかせる
 内山雄介(写真左)
NEXTBEAT 事業推進部 事業企画 Gr. シニアプロダクトスペシャリスト。ワコム入社後、プロDJとしてnextbeat開発に携わる。現役プロDJとして主に都内で活躍している

※撮影には、一部開発中の機器が使用されています。

撮影:石井健