米国防総省の研究 - 成果はどう使われる?

佐藤氏の研究は、アメリカ国防総省 国防高等研究計画局(DARPA, Defense Advanced Research Projects Agency)の「HI MEMS (Hybrid Insect Micro Electro Mechanical Systems)」というプロジェクトの1つとして位置付けられている。

このHI MEMSの目的は、「MAV(Micro Air Vehicle)」と呼ばれる親指大の小型無人飛行機を、昆虫を使って創りあげること。

「小さな航空機『MAV』を作るという研究は以前から精力的に進められています。しかしながら、飛行距離や操縦性について克服すべき点が多く、実用化への道のりは険しいようです。というのも、人が搭乗する程の大きな航空機とMAVとでは、支配的な物理法則が異なり、MAVの設計に従来の航空力学が通用し難いからです」(佐藤氏)

そこで彼らが目を付けたのが昆虫だった。

「昆虫は、高度な物理法則を知ってか知らずか、秩序的な軌道で翅を動かして、自由に飛び回ることができます。昆虫は理想的な天然のMAVと言えます。一方で、加工技術の精度が10億分の1mの領域に達した現在では、昆虫の背中に載せても、その飛行の負担とならないくらい小さくて軽量なシステムを作ることは難しくありません。ですから、昆虫の生体器官を電気的に刺激して、特定の行動(ここでは飛行)を誘起するマイクロシステムができれば、それを天然のMAVに搭載して、人工的に制御することが可能となります」(佐藤氏)

身近な生物の能力を借りてMAVを実現しようというのがHIMEMSの狙いのようだ。

研究に使われている昆虫。背中に飛行制御用のマイコンとバッテリーが装着されている

ところで、アメリカ国防総省のプロジェクトと聞くと軍事目的ではないかと勘ぐってしまいたくなる。しかし、それに限らず、MAVは様々なシーンでの応用が期待されている。例えば、被災地や事故現場において人間が入り込めないような小さな領域に進入して被害状況を調べたり、セキュリティーのために建物内外に放して監視モニターとして活用することが可能だ。さらに、人に気付かれにくいという点を利用して、犯罪者やテロリストを追尾するツールにすることもできる。

「DARPAのプロジェクトなので、様々な憶測や噂が先行しますが、救援やセキュリティー、事故抑止、犯人検挙など、社会に役立つ研究となるように取り組んでいます」(佐藤氏)。

日本ではこういった防衛的色彩の研究費が稀有なために、そのような予算の研究を色眼鏡で見てしまう傾向があるかも知れない。しかし、アメリカの科学研究費はDARPAの支援であるものが非常に多く、そのほとんどが直接の軍事応用を目的としていない。MAVは軍事的な使われ方をされる危険性があるが、これは他の多くの技術にも当てはまり、悪用するか有効に役立てるかどうかは、利用する側の判断も関わっているだろう。

加えて佐藤氏は、「HI MEMSの研究には、副次的な効果もあります」と続ける。

「HI MEMSの研究を進めていく中で、昆虫の飛行メカニズムをさらに詳しく解明し、実証することができます」(佐藤氏)

HI MEMSは、それ自体も有用だが、他分野の基礎研究としても役立つというわけだ。

>> どういう経緯で研究に参加したの?