「全録テレビ」「全録レコーダー」とは、過去の一定期間に放送された全チャンネルの全番組を録画してしまおうというコンセプト・機能の製品だ。代表的なところに、東芝の「レグザ」シリーズのテレビ、レコーダーの一部に搭載されている「全録機能」や、バッファローが今冬に発売する全録レコーダー「ゼン録」がある。こういった製品では、録画予約という考え方がなくなり、番組表から好きな番組を選ぶだけで、いつでも過去の番組も楽しめるようになるのだ。まさにオンデマンドテレビと呼ぶにふさわしいもので、個人的にこの「全録機」にはたいへん期待している。進化の方向を間違えなければ……という条件付きではあるが……。
「全録機」は、テレビの分野では常に革新的な挑戦をしてシェアを獲得してきた「レグザ」シリーズが採用したこと、そしてPC周辺機器メーカーである(といってもマニア向けではなく、初心者市場にも積極的に展開している)バッファローがレコーダー市場への本格参入への足がかりとしたことで、にわかに注目を浴びるようになった。
しかし、全録機というコンセプトは東芝やバッファローのオリジナルではなく、すでに7年ほどの歴史がある。私が知っている範囲では、ソニーのPC「VAIO type X」(2004年11月発売)が最初ではないかと思う。1TBのHDD、6チャンネル分の録画が可能なアナログTVチューナーを搭載し、最大5.5日分の全番組録画が可能という、当時としては驚異的なコンセプトの製品だった。また、同時期に「プレイステーションX」という全録対応のゲーム機も発売されていた。
「SPIDER zero」は、業務用にリリースされた知る人ぞ知るレコーダーだが、熱狂的なファンも多い。このSPIDER zeroの地デジ対応版が、今年の年末いよいよ発売となる |
一方で、業務用ではあるが株式会社PTPが開発した「SPIDER PRO」が2007年に発売されている。「SPIDER PRO」は地デジ版も発売され、家庭向けの地デジ対応版「SPIDER zero」も今年末に発売される予定だ。
このような全録機は、もちろん無限に過去の番組を録画できるわけではなく、HDDの容量に応じて24時間程度から1週間程度の過去の番組を録画することができ、それ以上は順次古い録画から自動的に消去されていく仕組みだ。しかし、多くの消費者は“一週間”という時間を短いと感じるだろう。そう感じる背景には、ドラマの存在がある。ドラマは、1クール(3ヶ月)で12回程度放映するというのが一般的なケースだ。そして、ドラマの1回目というのは意外に見逃しがちで、3回目か4回目あたりで「あのドラマは面白い」という評判が立つようになる。そのときになって観ようと思っても、途中の回から観たのではストーリーがよくわからない。そういうわけで結局、観るのをあきらめてしまい、DVD化されるか再放送されるのを待つ……そんな経験がある人も多いはずだ。
こういう事情を考えると、録画容量が最低でも過去1ヶ月、可能ならば過去3ヶ月ほどあると、全録機のありがたみが実感できるようになる。しかし、そのためには単純計算で24TBのHDDが必要になるのだ。微妙な数字だ。一見、とんでもない大容量に見えるが、HDDの価格下落を見ていると、数年のうちに24TBを搭載した「1クール全録機」が10万円程度で登場しても不思議ではない。これから数年、全録機はHDD容量と価格を競いながら「1クール全録」に向かっての競争をすることになりそうだ。
ただし、個人的にはこの方向への競争は、メーカーにとって“死の行進”になりかねないと思う。価格と容量を競い合えば、結局は利益を圧縮せざるを得なくなり、「数は売れているけど儲からない」「数が出るほど赤字」という事態になりかねない。これは多くのメーカーが今まさに、テレビ市場で経験していることでもある。
もうひとつの問題は、オンデマンドサービスとも競争しなければならなくなることだ。24時間HDDをぶん回して録画し続けるような機械をわざわざ自宅に置くよりも、過去の観たい番組はインターネット経由で観る方がスマートに思える。現在、テレビ局のオンデマンドサービスで本格的にサービスを展開しているのはNHKのみだが、民放にとっても本格的な対応を検討せざるを得ない状況であるし、規模は小さいながらも実際に各テレビ局ともオンデマンドサービスをスタートさせている。このようなサービスが本格化してくれば、レコーダーを自分で購入するよりも、オンデマンドサービスを選ぶ人も増えていくだろう。
それでは、どうすればいいか。前回も触れたが、バッファローの「予約不要、見逃しゼロ」という簡単操作への着眼は大いにヒントになる。機械に苦手意識を持っている人は、昔も今も“録画予約”が行えない。今のテレビやレコーダーでは、番組表から観たい番組を選んで「録画ボタン」を押すだけの極めて単純な操作なのだが、苦手意識のある人はそれすらできない。
ただし、これには理由がある。録画予約というのは、操作をしてもすぐに反応があるわけではないためだ。実際に録画が行われるのは数時間先、あるいは数日先だからだ。すぐに反応がないので、自分が行った操作が正しいのか正しくないのかがわからず、ドキドキしてしまう。機械が苦手な人は、このドキドキを重荷に感じるのだ。
ところが全録機だと、「録画予約」という操作が必要ない。“過去の”番組表から観たい番組を選ぶと、“瞬時に”反応があり番組が再生され、ダイレクトな操作感が得られるわけだ。これならば機械の苦手な人にもじゅうぶんに使いこなせるだろう。
しかし、問題は「一週間」という録画時間が限られていること。機械が苦手な人は、8日前の番組を観ようとしても観られなくて戸惑うことだろう。このような戸惑いは、「1クール全録」にすれば、少なくなる。とはいうものの、やはり3ヶ月と1日前の番組を観たいと思えば、現状と同じような課題に直面する。突き詰めようとすれば、際限がないのだ。
そこで、今後の全録機に要求されるのは「学習機能」だろう。たとえば、再生してみて「面白い」と思った番組に対しては、リモコンの「いいね!」ボタンを押しておけば、過去の放送分は再生されるまで消去されない(この機能は、多少操作が複雑だが、ほとんどの全録機にすでに搭載されている)。あるいは、再生した番組によく似た傾向の番組は、自動的に消去されない設定になる。新番組は自動的に消去タイミングが遅くなる……このような感じで利用者の視聴傾向・趣味嗜好を観察して、1週間という期間で機械的に消去していくのではなく、利用傾向に応じて消去時期をダイナミックにアレンジしていく。こういった番組コンシェルジュ的な機能が搭載されていれば、全録に対応する期間が1週間か2週間もあれば、多くの人は十分と感じるのではないだろうか。
このような“学習全録”であれば、本当に予約が不要なレコーダーが実現する。もちろん、普及するかどうかは、その学習機能がどこまで利用者の心地良さをカバーできるかにかかっている。全録機は決して「究極のレコーダー」ではない。「究極のレコーダーへの始まり」なのだ。このような学習全録機をどのメーカーがどのような形で開発してくるのか。楽しみにして見守りたい。
このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。