前回から、「日本のテレビが売れない」というのは本当なのかという話をしている。結論は、「7月24日のアナログ停波という過去類のない“書き入れどき”が終わり、平年の売れ行きに戻っただけ」というものだった。各テレビメーカーとも、撤退や事業縮小を考えているとは思うが、それは「売れなくなった。どうしよう?」というパニック的なものではなく、数年前から考えられていた予定通りの行動のはずだ。
もちろん、東日本大震災などの影響で、予想よりも落ち込みが激しいという側面はあるだろう。また、前回の記事で提示した薄型テレビの出荷台数を見れば、昨年の9月から年末は日本のテレビ史上最高の売上を示した。そうなると今年の9月から年末までは、「前年比」という数値が計上されるので、「前年比55%減」といった見かけ上厳しい数字が報道され続けるだろう。しかし、長期間で日本のテレビの販売台数を見てみれば、月間100万台というのが平均値で、落ち込んだといわれる現在でも月間100万台程度は売れている。底堅い買い換え需要があるからだ。
しかし、だからといって各メーカーとも「このままで良い」と思っているわけではない。買い換え需要だけに頼っていては、低価格で(しかも質の面でも日本製品に肩を並べてきた)韓国メーカー、中国メーカーにいずれ市場を荒らされてしまう。そこで、日本メーカーが力を入れているのが「付加価値テレビ」だ。
今や誰でも知っている付加価値機能が「3D」だが、残念ながら成功しているとはいえないし、今後もよほど普及に力を入れていかないと苦しい戦いになるのは明らかだろう。
もうひとつが「4K」だ。4Kとは4,000という数字のこと。水平4,000×垂直2,000画素程度というフルハイビジョン(1,920×1,080)の4倍の解像度を誇るテレビだ。東芝はすでに12月には製品を販売する予定(推定市場価格90万円程度)で、ソニーも年末に家庭用4Kプロジェクターの発売を決めている。現在のハイビジョンテレビとは次元の異なる美しさが実現できるわけで、製造も日本の高い技術力を駆使しなければまず無理だ。日本メーカー勢の最終兵器となることは間違いない。ただし、今年中に普及させるには無理があるし、来年末になっても一般への普及は難しいだろう。映像ソースがないからだ。4Kテレビの性能をフルに活かすには、現在のブルーレイでは力不足で、4K用の映像を提供するための放送や光ディスクなどの新たな規格を作らなければならない。それまでは、ハイビジョン映像を4K用にアップコンバートして再生するしかなく、その段階で購入するのは一般の人ではなく映像が好きな特殊な人に限られてしまう。潜在力を秘めた技術であることは間違いないが、普及をするのにはまだもう少し時間がかかるのだ。
では、今年、来年といった直近に投入できる付加価値テレビはないのだろうか。あるのだ。インターネットテレビである。
前回、「小型テレビの売れ行きが伸びていない」という統計から「単身者がテレビ離れを起こしているのではないか。家庭でもセカンドテレビよりも、パソコンやタブレット端末が選ばれているのではないか」という推測をした。また、「ブルーレイディスク(BD)のプレイヤー専用機の売れ行きが伸びていない」という統計から「BDよりも、タイムシフト視聴やインターネットのオンデマンド映像サービスに視聴者の関心が映っているのではないか」という推測も提示している。
つまり、以前は「平日はテレビ放送を観て、週末にはレンタル店からDVDを借りてきて観る」というスタイルだったのが、最近では「ハードディスクに録画したテレビ番組を観る」「『GyaO!』や『Hulu』『AppleTV』『アクトビラ』などのオンデマンド映像サービスを利用する」というスタイルに移り始めている。このような流れは今後はどんどん強まっていくだろう。それを考えると、インターネットに対応し、このようなサービスが大画面テレビで観られるインターネットテレビは“キラーテレビ”になる可能性十分だ。
しかし、ここでまた気になる統計がある。前回と同じく電子情報産業技術協会(JEITA)の出荷統計から付加価値テレビの出荷台数をグラフにしてみた(【図1】)。3Dテレビが低迷しているのは仕方がないとして、インターネット動画対応テレビの落ち込みが激しいのは悩ましい。もちろん、7月以降はテレビ全体の出荷台数が落ち込んでおり、それに引っ張られている側面もあるが。
次に、テレビ出荷台数に占めるインターネット動画対応テレビの割合のグラフを作ってみた(【図2】)。すると、インターネット動画対応テレビの割合は頭打ち状態になっていることが分かる。今年前半は6割程度がネット対応だったが、7月以降は50%台前半に落ち込んでしまっている。これは危険信号だ。インターネットに接続さえすれば、わざわざレンタル店に足を運ばなくても膨大な映像がオンデマンドで観られる……そんな、ものすごく便利なネット対応テレビがどうしてジリ貧になっているのだろうか?
【図2】付加価値テレビの出荷台数割合。同じくJEITAの統計より、テレビ全体の出荷台数に占める付加価値テレビの出荷台数の割合をグラフ化したもの。インターネットテレビの割合がやや下がり気味になっている。これは消費者が機種選択時に、「ネット機能の有無」に対してあまり重きを置いていないことを示している。ネットテレビはもっと売れていいはずの製品だ |
答えは簡単で、LANケーブルの接続が面倒だからだ。日本の家屋は伝統的に、電話系コンセントは部屋の入り口付近に、テレビ系コンセントは部屋の奥に配置する設計になっている。最近の新築マンションでは、電話系とテレビ系のコンセントをまとめたマルチメディアコンセントを採用しているところもあるが、まだまだ採用率は高いとはいえない。そのため、テレビにLANケーブルを接続しようとすると、ドア付近の電話系コンセントから部屋の奥にあるテレビまで、ケーブルを引っ張って来なければならないのだ。それだけの長いケーブルを用意して、邪魔にならないよう部屋を這わせるのは、日曜大工の範囲でできないことではないが、結構な大仕事になる。
しかも、インターネット動画テレビのほとんどが「ウェブがテレビで見られる」「YouTubeがテレビで見られる」の2つをウリにしていることが多く、消費者のニーズから少々ズレているように思う。ウェブやYouTubeはパソコンやタブレットで閲覧できれば十分で、わざわざ大画面テレビで見る必要はない。これでは、せっかくネット対応テレビを購入しても、購入直後はLANケーブルを挿して楽しんだが「邪魔だから」という理由でケーブルを撤去してしまう人も多いだろう。あるいは、一般的な消費者には「ウェブはテレビで見なくていい」「YouTubeは何だかよく分からない」という感覚の人もいるだろうから、テレビの購入を検討する際にネット対応機能の優先順位が低くなっているのではないだろうか。
今後は間違いなく、インターネット対応のウリを「アクトビラ」と「Hulu」のふたつに絞るべきであり、オンデマンドサービスの快適さをもっと広めていく必要がある。そして、中位モデル以上はWi-Fi(無線LAN)に対応すべきだろう。そうすれば、「設置するだけで豊富なオンデマンドサービスが利用できるテレビ」という新しいカタチの「インターネット映像サービス対応テレビ」として消費者に受け入れられるはずだ。
「オンデマンド映像サービス対応」と「Wi-Fi対応」という2要素を組み合わせれば、テレビはまだまだ売れる。このような付加価値機能は、大型テレビに内蔵されがちで、「ぜいたくな機能のひとつ」と考えがちだが、“Wi-Fiでオンデマンド”は、むしろ中型・小型テレビの購入層である単身者に受け入れられるだろう。今の単身者のITライフスタイルは、「パソコンとスマホ。でも、パソコンは授業とか仕事とか就活関係でしか使わない」というケースが多く、プライベートではスマホしか使わないという人が増えている。そこにWi-Fiテレビが妥当な価格で登場すれば、テレビ離れを起こしかけている単身者を引き戻すこともできるはずだ。
もちろん、これだけが“キラーテレビ”ではない。他にもいろいろなアイデアがあるだろう。日本家電メーカーの底力、他国の家電メーカーに真似ができない強みとは、消費者が望んでいるウォンツ(欲求)を先取りし、それを高い技術力を駆使して、洗練された使い勝手にまとめ上げることだ。3Dや4Kといった技術開発力のみの勝負では、日本メーカーは序盤戦では圧倒的な勝利を収めるが、果実が実る中盤戦以降は他国メーカーに追いつかれてしまう。技術力だけの勝負をやめて、“白物家電的な”商品企画力も総動員して勝負すべきだ。そうすれば、テレビはまだまだ売れる。
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