『炎のロマンス』編~その1

「ルナルナ・チキチキ」という歌がある。アルバム曲なので、これを知ってる人はそう多くはないだろうけど、「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」で有名な中原めいこの歌だ。「ルナルナ・チキチキ」の舞台は、とある離島。島を上げての祭りの日、島の少女と旅人の男が恋をする。しかし「旅人を愛するな」という島の掟のため、2人は引き離されてしまう。少女は「本気なら連れて逃げて」と言うのだが、男にとっては一夏の恋だったのだろう。恋に破れた少女は1人海に身を投げて死んでしまう。なかなかドラマチックなストーリーである。

改めて考えてみると、この歌は少女漫画で言えばむしろ『朱鷺色三角』や『八雲立つ』とかのほうが近そうだが、聴く度に思い出すのは、今回テーマに取り上げた『炎のロマンス』である。作者は上原きみこ。アラウンド40の女たちは少女のころに、彼女の描く壮大な世界に夢中になったに違いない。つーか自分はそうだった。

自転車を乗り回しては、馬に乗っているつもりになって空しくも自転車にムチを振ってみたり(『ロリィの青春』ですな)、草っぱらで花を摘んでは赤く染めようとしたり(『舞子の詩』ですな)、将来の夢は「大道芸人」だったり(『マリーベル』ですな)、とにかく幼くて柔らかな脳みそに、彼女の話はざっくりと深く刻まれた。ドラマチックで奇想天外で、少女の妄想がギッシリ詰まった話を描いていた作家だ。

で、この『炎のロマンス』。タイトルからしてもアツい感じがするじゃないですか。ロマンスだけでも温度が高い感じなのに、「炎」とまで! どれだけ灼熱なのやら。しかしこの話、タイトル負けしてないところがすごい。

主人公は、とある平凡な(主人公の大原則ですな)女子高生・亜樹。しかしある日突然、さらわれて船に乗せられ、南国の離島に連れていかれてしまう。上原きみこは、時事問題から作品のプロットを作ることがあるそうで、産科で乳児の取り違え問題が頻出していたころには、『舞子の詩』という取り違えられた少女たちがバレエにはまる漫画を描いていた……で、この『炎のロマンス』、何の事件をモチーフにしたかは政治的にあんまり言えない感じだが、漫画のいいところは、結果的には楽天的なところ。亜樹は、何のためにさらわれたかというと、なんと島の女王にさせるためにさらわれたのだ。

……うん、そんな理由だったら、じゃんじゃんさらってくれ。しかも女王候補としてさらわれた理由がすごい。「黒髪だから」。残念ながら茶髪のギャルたちに資格があるかどうか微妙だが、当時はまだ紡木たくもいないころ。世の中はパンタロンとかベルボトムとか履いてて、茶髪にしてるのはやさぐれホステスくらいという時代(多分な)。読者はほぼ全員、女王の資格があったことになる。

具体的には、亜樹が好きだった転入生の須田くんが、実はカツラをかぶった南国の王子様(本名はレドビィ)で、彼は花嫁を捜しに日本へ来ていた。しかし同じく王位を狙う王子ルイは、レドビィの思い人である亜樹を自分の花嫁にするために(ルイはレドビィにいやがらせをしたかったようだ)、亜樹を無理矢理、南太平洋に浮かぶコーラル島(おそらくタヒチの近く)に連れてきたという流れ……それにしても、自分の嫁さんを嫌がらせで決めるっていうのは、すごい勇気だな。

この漫画には、いくつものツボが潜んでいる。「さらわれる」「権力を与えられる」「複数の男に言い寄られる」だ。これらは、女の3大妄想……っつうか、『王家の紋章』なんかこのテーマだけで50巻以上も話が続いてるんだから、これらは女が共通して普遍的に、狂おしく追い求めている妄想と言えよう。さあ、このソースを少女漫画黄金期の巨匠が調理すると、どうなるのか?
<つづく>