人気のある少女漫画の多くは妄想系だ。女のアツい欲求をこまごまと仕入れた作品には、とかく人気が集まる。

一方で、作品として完成度の高いものは、一定の評価は与えられるものの、爆発的なブームにはなりにくい。なぜだろう。それはその深さを理解できる人間が、それほど多くないからだ。まあ、言ってみればドストエフスキーとかがブーム炸裂で、ギャルからキャリアウーマンにまで人気沸騰、累計1,000万部とかにならないとの同じようなもんである。

しかし、非常に奥が深く、メッセージの多い作品であるにもかかわらず、大人気となった漫画がある。『ハッピー・マニア』だ。

初期の話はともかく、後になればなるほど、女にとっては考えさせられ、心理を突く話がてんこ盛りである。いわゆる乙女の妄想はあまりない。なのになぜ、『ハッピー・マニア』は売れたのか?

それは深い話を、上手にバカなオブラートで包んでいるからである。表面的にはノリが軽くて軽妙で、展開が早くておもしろい。だから大衆に受けやすい。一方で、深いところまでものを見ることができる人にも、満足できる話が多いのだ。こんな作家、ほかにいるだろうか。安野モヨコはマジですげえ。

『ハッピー・マニア』は、主人公のシゲタカヨコの恋愛遍歴をつづった物語である。彼氏が欲しくて、すぐに誰かとやっちゃあ失敗して、恋に夢中になって仕事をおざなりにして、どこにも進めなくて、貧乏で、同じ場所をウロウロ、ウロウロしているダメ女の話なのだ。

「少女漫画に恋愛要素は不可欠」と言われているが、それは、大抵の女が恋愛を主軸にとらえて生きているから。好きな男ができて、仕事が手につかないなんて経験をしたことがある女は多かろう。シゲタの場合は、それで生活そっちのけでバイトまで休んじゃうんだから立派なもんだ。恋愛にバカになればなるほど、いい恋愛はできないのにね。

てなわけで、この漫画からは解説したいことが山ほどあるので、エピソードを順に追って紹介していこう。まずは、シゲタのこんな一言。

「私のことなんか好きにならない、かっこいい男はどこにいるの?」

自分に惚れてる男なんか好きにならないよ、というわけだが、このテの話は少女漫画に結構ある。自分に自信がない女は、自分を好きにならない高嶺の花が好きなのだ。だって、自分のことを好きになるなんて、自分以下のレベルの男ってことじゃない。シゲタのように、迷って転んでもがいている人間は、たとえ「彼氏が欲しい」と思っていても、熱烈に自分に言い寄ってくる男には惹かれないのだ。

多少冷たくされても尊敬できる相手(顔がいい、学歴がいい、給料がいいとかね)なら、そっちに惹かれる自分に自信のない正直な女。バカだけど、『NANA』のハチ公のように計算高くないところが、大人の女にも嫌われない理由でしょう。『ハッピー・マニア』から、どれだけのものを読み取れるか……。それが男の見せどころですぜ。
<つづく>