もう「業界研究」なんて意味がない - 日本の会社も"アメリカ型"に

実は、私はいま子供たち向けの人生設計の本を作っています。監修という立場なのですが、真面目なライターや編集者が作ったタタキ台は、「業界研究」をきちんとして、人生を決めましょうというものでした。私は、その原案に、ちょっと大人げないほど抵抗してしまいました。もう「業界研究」なんて、意味がないと確信しているからです。

もちろん、かつて終身雇用・年功序列が主流だった時代には、業界研究はとても重要なことでした。終身雇用制の下では、サラリーマンの「仕事」は、会社の人事異動で決まり、さまざまな社内の部署をローテーションで異動し、いくつもの仕事を経験していかなければならなかったのです。会社が勝手に仕事を決めてしまうのですから「仕事」を選ぶことはできません。ですから、どんな仕事に就こうか考えることに、そもそも意味がなかったのです。

しかし、アメリカはどうでしょうか。アメリカでは、原則として、仕事は、最初に就職したときのままです。人事異動もなければ、昇進もありません。もちろん定期昇給もありません。例えば課長になりたかったら、会社が募集する課長の求人に社外の応募者に混じって応募し、採用試験を勝ち抜かないといけないのです。だから、アメリカでは、どの業界で働いているのか、どの会社で働いているのかということは、あまり意味がありません。自分が、どの仕事をしているか、どの仕事をやろうとしているのかということが重要なのです。

そして、もう一つアメリカの会社と日本の会社の大きな違いは、社内での所得格差の大きさです。日本の一般的な会社では、新入社員の年収が300万円、社長になっても2000万円というのが、普通でした。社内の所得格差は10倍にも満たなかったのです。ところが、アメリカの会社では300倍くらいが普通だと言われます。実際、銀行でいえば、窓口でお札を勘定し、お客さんの相手をしている「テラー」という仕事をしている銀行員の年収は1万5000ドルくらい。日本円で年収200万円にも達しないのですが、銀行の経営トップになると、年収は少なくとも数億、十数億円という人もいます。1000倍近い所得格差が社内にあるということは、もはや同僚とは呼べません。実際、テラーが社長に昇格していくこともないので、会社や業界を選ぶこと自体が、意味がないのです。

日本の会社も、これからアメリカのようになっていくでしょう。それを企業が望む方向性だからです。

10年間で正社員は132万人減少、いまや4割の労働者は非正社員

1995年、日経連(日本経営者団体連合会、現在は日本経団連と統合)が、「新時代の日本的経営」という報告書を出しました。その報告書のなかで、それまで年功序列・終身雇用で新卒一括採用をしていた人事を改め、従業員を3つのタイプに分けて管理する人事を行いましょうという提言がなされたのです。

第一のタイプは、長期能力蓄積型社員といって、会社の出世街道を歩んでいくエリート層です。このタイプの人事は、従来通りの終身雇用で社員を育てていくイメージです。第二のタイプは、専門能力活用型です。会社が人材を抱え込んで育てるのではなく、必要な職業能力を調達するというイメージです。実際の雇用形態では、派遣労働が想定されているものとみられます。そして第三のタイプが雇用柔軟型で、こちらは業務の繁閑に合わせて、柔軟な雇用調整を行えるパートやアルバイトが想定されていると言えるでしょう。

いまの日本は、この報告書の想定どおりに変化しています。総務省の「労働力調査」によると、2004年の雇用者(役員を除く)数は4975万人でしたが、10年後の2014年は5240万人と、265万人も増えました。ところが、その10年間で、正社員は3410万人から3278万人へと132万人減少したのです。逆に、非正社員は1564万人から1962万人へと398万人増加しています。ちなみに非正社員の比率は、2004年の31.4%から2014年の37.4%へと10年間で6.0%も上昇し、いまや4割の労働者は非正社員になっているのです。

日本の会社では、社内の所得格差が30倍以上に拡大

日本の会社では、もう一つ大きな変化が起きています。それが、社内所得格差の拡大です。昨年、上場企業には、年収1億円以上の役員が443人も登場しました。まだアメリカほどではありませんが、社内の所得格差が30倍以上という形に拡大しているのです。

つまり、少なくとも大部分の人が正社員として就職でき、なおかつ会社が育ててくれて、給料も上がっていくという時代は、確実に終わろうとしているのです。

そして、こうした状況に、安倍政権の「成長戦略」が輪をかけていきます。それは、また来週書きたいと思います。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

執筆者プロフィール : 森永 卓郎(もりなが たくろう)

昭和32年生まれ、58歳。東京都出身。東京大学経済学部経済学科卒業。日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画局(出向)、三井情報開発(株)総合研究所、(株)UFJ総合研究所等を経て、現在、経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。
専門は労働経済学と計量経済学。そのほかに、金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で論評を展開している。日本人のラテン化が年来の主張。
主な著書に『<非婚>のすすめ』(講談社現代新書、1997年)、『バブルとデフレ』(講談社現代新書、1998年)、『リストラと能力主義』(講談社現代新書、2000年)、『日本経済「暗黙」の共謀者』(講談社+α新書、2001年)、『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社、2003年)、『庶民は知らないアベノリスクの真実』(角川SSC新書、2013年)など多数。