連載コラム『知らないと損をする「お金と法律」の話』では、アディーレ法律事務所の法律専門家が、具体的な相談事例をもとに、「お金」が絡む法的問題について解説します。


【相談内容】
今、私は認知症の母と暮らしています。兄弟は兄と弟が1人ずついるのですが、母の介護や看病などの面倒は、同居している私が全部みていました。先日、母が急に「息子たちは見舞いにもこず、娘にばかり負担をかけたので、遺産や家は娘に譲る。遺言書を作って。」と私に言ってきました。しかし、まず遺言書はどのように作ったらいいかわからないです。また、母は重度ではないのですが、認知症と診断されているので、遺言書を作っても無効になるのではないかと不安に思っています。いつも、ぼーっとしている母が、久しぶりに自分の意思をしっかり伝えてくれたので、ぜひ遺言書を作ってあげたいのですが、どのようにしたらいいのでしょうか。

【プロからの回答です】

認知症のお母様であっても、遺言の意味や効果を理解できる能力があれば有効な遺言書を作成することができます。後のトラブルを防ぐ意味では、自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言を作成するか、成年後見人をつけて医師の立会いの下で遺言書を作成するとよいでしょう。

遺言書はどのように作成するの?

今年の7月8日、自民党は、「遺言に基づいて遺産を相続した場合、相続税の負担を減らせる」という遺言控除という制度を新設する方針を固めました。遺言による相続の場合は、税金が控除される遺産の範囲が増えるというシステムで、2018年までの導入を目指しているようです。

国のこのような動きもあり、何かと最近話題になっている遺言書ですが、主として、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言と3種類あります。いずれの方法であっても、遺言を遺す本人に「自身の作った遺言の意味と効果を認識する能力=遺言能力」が備わっていなければなりません。認知症であるからといって直ちに遺言能力がないことにはなりませんが、相当に複雑な内容の遺言書であればあるほど、認知症の場合は「そのような遺言を作成する遺言能力はなかった」という判断につながりやすいです。遺言書作成時に、判断能力があいまいだったことがうかがわれると、亡くなった後に「この遺言は無効だ」等と争われてしまいますので、しっかりと「遺言能力がある状態で作成した」といえるような遺言を作成しておくことが望ましいでしょう。結論としては、今回のケースは、公正証書遺言を作成するか、成年後見人をつけて医師の立会いのもとで遺言を作成する方法が適していると考えられます。

まず、自筆証書遺言ですが、これは、家などで本人が書いて保管しておくような遺言書です。自筆証書遺言の場合、遺言者の代わりに代理で他の人間が遺言書の文言を書いてあげたいと思うことがあるかもしれませんが、このように本人に代わって自身が代理人として遺言を作成することは、法律上許されていません。

民法968条1項には「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付、氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」とあります。ここでポイントなのは、「遺言者が…自書」するという点です。つまり法律的には、遺言書は、その遺言をする本人自身が全ての文言を書かなければならず、代理人が書くことは許されないことになります。用紙や筆記道具に制限はありませんので、鉛筆で「チラシの裏」に記載するような遺言書でも有効となりますが、先ほどの、(1)全文・日付・氏名の自書、(2)押印という要件は満たさないと自筆証書遺言は無効となってしまいます。この自筆証書遺言を作成するにも、遺言能力が必要ですが、本人が書いて保管しておくだけでは、後々、「認知症だったから遺言能力がなかったなどと争われる可能性が十分にあります。

民法968条1項には「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付、氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」とあります

公正証書遺言は、公証役場で、公証人と証人2名と本人とが立会い、遺言書を作成する方法です。公証役場という公的な機関で作成されることと、公証人が本人の状況や記載された内容をしっかり確認して作成しますので、後々に「正しく作られた遺言書ではない」と争われるリスクはぐっと減るということになります。この場合、併せて認知症のレベル等を医師に判断してもらった診断書を作成しておくとよいでしょう。なお、公正証書遺言を作ってもらうためには、公証人の手数料がかかります。手数料は相続財産の額と相続する人の人数によって変わります。相続人一人一人につきその相続する金額に応じて手数料がかかり、財産が多くなるほど高くなります。目安としては、1億円の遺産を3人の相続人に均等に与える場合は、約9万円の手数料が必要となります。秘密証書遺言は、遺言に何を書いたのかを生前、他人に知られずに、公証役場に保管してもらう方法で、遺産を遺す本人が書いたことを証明することができる方法です。この遺言は自筆でなくても良く、ワープロ打ちや代筆も可能です。本人が公証人1名または証人2名の前で公証役場に提出し、押印と署名をすることによって成立します。費用としては、財産の金額にかかわらず、公証役場11,000円(定額)となります。

今回のケースのように遺言者が認知症の場合は?

遺言者が認知症の場合は、遺言はどのように作成すべきでしょうか。上記で説明した通り、遺言作成時に症状がひどく、遺言の意味や効果を理解できる能力もない場合、遺言能力がないため、遺言の作成は困難となります。その場合は、成年後見人をつけて、一時的に症状がよくなった時を見計らって、医師の立会いのもと遺言を作成する方法があります。成年後見人がついているケースであれば、事理を弁識する能力(ものごとを一人で判断できる能力)を一時回復した時に医師2人以上の立会いがあれば遺言することができるとされています(民法973条)。遺言に立ち会った医師が、遺言者が遺言をする際に、「精神上の障害により事理を弁識する能力(ものごとを一人で判断できる能力)を欠く状態になかった」ことを遺言書に付記して署名、押印しすることになります。このような形式で作成された遺言であれば後に遺言能力が争われることを未然に防止することができます。

また先ほどの公正証書遺言であれば、特に医師の診断書もしっかり取っておけば、後に効力が争われる可能性が極めて低くなります。

仮に、自筆証書遺言を作成するという場合であっても医師の診断書の他、本人のビデオレター等、遺言能力があったと判断できる証拠をしっかり残しておくことが必須といえるでしょう。

遺言は弁護士に依頼すべき?

遺言書は本人のみで作成することはもちろん可能ですが、その遺言が無効になってしまったり、作成をしたはいいが保管方法に問題があったり、遺言書の記載方法によって本人が意図した効力が発生しなかったりといったリスクもありえますので、やはり専門家である弁護士に相談することが望ましいでしょう。弁護士が依頼を受けた場合には公正証書遺言を作成することがほとんどだと思いますが、遺言の内容をしっかり実現してくれるようにその弁護士を遺言執行者に指定しておくといった方法も併せてとることができます。

遺言の効力とは?

例えば、遺言書に「私の借金を相続し、その借金を完済してほしい。」と記載してあった場合、この遺言には従わなければならないのでしょうか。

遺言というと無条件に従わなければならないイメージをお持ちの方も多いようですが、決してそんなことはありません。相続人全員であらたに遺産分割協議を行えば、その協議内容が優先されますし、相続を放棄することも可能です。また、仮に「遺産は全て~に相続させる」という遺言があったとしても、遺留分といって、本来の相続人に遺産の一定割合を保証する制度もありますので、「遺言が絶対」ということにはなりません。

遺言がご自分にとって相当不都合なものであった場合には、相続放棄をすることにより、プラスの遺産もマイナスの遺産も全て相続しないようにすることができます。ただし、この相続放棄は相続開始を知ってから、通常3カ月以内に家庭裁判所に手続きが必要なので注意が必要です。

遺言に記載された遺産の配分があまりにも不公平だった場合、先ほどの遺留分の主張をすることとなります。例えば、兄弟2人が相続人のケースで、「遺産は全て兄に相続させる」という遺言があったとしても、弟は、本来もらえる相続分の半分が保証されることになっていますので、本来の相続分2分の1÷2=4分の1について遺産の権利を主張できることとなります。この遺留分についても1年間という期間制限がありますので、注意してください。

その他にも、生前に故人の資産形成に寄与した場合に増額を受ける「寄与分」や、逆に生前に故人から贈与を受けていた等の「特別受益」という概念があり、相続分を決定する際の調整要素となりますので知っておいていただいた方がよいと思います。

冒頭でも触れましたが、「遺言控除の制度」を政府が新たに構築しようと動き出すほど、日本では、自身の死後に備えて、遺言をきちんと作成しておく等の相続対策をしていない方が多いようです。周囲の人も生前に「亡くなった後の話」を持ち出すのは気が引けるといった事情もあるのでしょう。その結果、遺産の取り分をめぐって遺族の間でトラブルが多く発生しています。どんなに仲の良かった兄弟であっても、遺産を巡って骨肉の争いに発展するというケースは少なくありません。事前に遺言書さえ作成されていれば、故人の遺志を反映できるとともに、相続人同士のトラブルを未然に防ぐことにもなりますので、大した遺産もないから書かないなどと言わずに、きちんと遺言書を残すことが大事だと思います。残したい遺言の内容や親族の状況等によって、作成する方法などが左右されますので、お悩みの方は是非弁護士に相談してください。

<著者プロフィール>

篠田 恵里香(しのだ えりか)

東京弁護士会所属。東京を拠点に活動。債務整理をはじめ、男女トラブル、交通事故問題などを得意分野として多く扱う。また、離婚等に関する豊富な知識を持つことを証明する夫婦カウンセラー(JADP認定)の資格も保有している。外資系ホテル勤務を経て、新司法試験に合格した経験から、独自に考案した勉強法をまとめた『ふつうのOLだった私が2年で弁護士になれた夢がかなう勉強法』(あさ出版)が発売中。『Kis-My-Ft2 presentsOLくらぶ』(テレビ朝日)や『ロンドンブーツ1号2号田村淳のNewsCLUB』(文化放送)ほか、多数のメディア番組に出演中。 ブログ「弁護士篠田恵里香の弁護道