連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


6月末の期限を控えて緊張が高まっていたギリシャ情勢は、一転して合意に向け動き出しました。今週に入りギリシャ政府が新しい財政改革案を提示し、EU(欧州連合)側もこれを評価する姿勢を示したためで、24日のEU首脳会議での決着をめざし、最終調整が続いています。もし6月末までに交渉がまとまらなければ、ギリシャのデフォルト(債務不履行)やユーロ離脱の可能性もありましたが、交渉合意の見通しとなったことで、欧米の株価は上昇に転じ、日経平均株価も大幅上昇しました。

ギリシャ危機とは?

このコラムではこれまで何度かギリシャ危機について書いてきましたが、あらためて簡単におさらいをしておきましょう。もともとは2010~2012年にギリシャ危機が起き、EUやIMF(国際通貨基金)などはギリシャに対し総額2400億ユーロ(当時のレートで約26兆円)の金融支援を実施しました。ギリシャはその見返りとして財政赤字を削減する財政緊縮をEUなどに約束し、増税と歳出カット、公務員のリストラなどを実施しました。その支援の枠組みは今年の2月末が期限でした。

ところが財政緊縮策に対してギリシャ国民の不満が高まり、今年1月に実施された総選挙で当時の政権与党が敗北、「反緊縮」を掲げた急進左派連合が勝利して政権の座についたのです。現在のチプラス政権の誕生です。これが危機再燃の始まりでした。2月末の期限切れを控えて、本来ならその後の金融支援を求める代わりに何らかの財政緊縮計画を示すべきところですが、新政権は緊縮策の実施を拒否し、すでにリストラされた公務員復職や民営化計画の停止などを決めました。

このような状況でギリシャの新政権とEU側が交渉した結果、2月には何とか妥協が成立しました。その内容は、(1)ギリシャ支援の枠組み期間を当面は6月末まで延長する、(2)それまでにギリシャは新しい財政改革計画を示す、(3)その内容を見たうえで、凍結していた72億ユーロの金融支援を再開する――などでした。

いわば4か月の猶予をもらった形になったわけです。しかしチプラス政権はこれまでは財政改革の計画を出さないばかりか、「EUの考えは不条理」「IMFの犯罪」などと激しい言葉を使って対立をあおるような言動を繰り返してきました。

しかし現実にはギリシャ政府の金庫にはもうほとんどおカネがない状態で、通常業務の支払いや公務員の給与支払いにも窮するほどだそうです。その間にも過去に借りた借金の支払い期限が次々とやってくる上に、6月末にはIMFに対し15億ユーロの返済をしなければなりません。もはや新たな金融支援を得なければ借金も返せないのに、その金融支援の前提となる財政改革計画を拒否しているのですから、このままでは6月末までに合意できずに完全に行き詰ってしまう恐れが強まってきました。デフォルトが現実味を帯びてきたわけです。

ギリシャの金融支援をめぐる動き

ギリシャ側がようやく譲歩、土壇場で新たな財政改革計画を提示

こうした事態に至ってギリシャ側がようやく譲歩、土壇場で新たな財政改革計画を提示したのでした。各種報道を総合すると、その内容は年金の改革、付加価値税(日本の消費税にあたる)引き上げ、軍事費削減などが柱となっています。

まず年金については、現行の支給開始年齢は平均で男性63歳、女性59歳で、男性でも55歳ごろから早期支給があるため、「50代からの年金受給が当たり前」との風潮があるそうです。今回の改革案では支給開始年齢を67歳まで段階的に繰り下げるとしています。また付加価値税は、現行制度ではエーゲ海諸島の観光などに配慮した軽減税率が幅広く適用されていますが、改革案では軽減税率撤廃の方向を示しています。

ギリシャ世論に微妙な変化、デフォルトとユーロ離脱への不安高まる

これらはEUが強く要求してきたテーマであり、逆にチプラス政権が頑なに拒否してきたものでした。その意味で姿勢の転換は意外でしたが、これにはギリシャ世論の微妙な変化が背景にあると見ています。

実はそれを示す報道がありました。一つは、6月上旬に実施された世論調査で「ギリシャ政府はEUなどとの交渉で譲歩すべきだ」との答えが70%近くに上ったという記事です。そしてもう一つは、交渉の早期妥結とユーロ残留を求める集会がアテネで開かれたというニュースです。この1週間で少なくとも2回開かれ、それぞれ1万人、数千人が集まったということです。

これらの報道から察するに、ギリシャ国民の間には交渉行き詰まりへの不安、デフォルトとユーロ離脱への不安が高まってきたと見られます。もしデフォルトになれば、ギリシャ経済はたいへんな混乱に陥ることが予想されますし、ユーロ離脱ということになれば独自の通貨を発行してユーロから切り替えなければなりませんが、新しい通貨の信用力は著しく低下することが必至で、新通貨は急落して国内は急激なインフレに見舞われる恐れがあります。こうしたことへの不安が現実味を持ち始めたのでしょう。ギリシャ国内の銀行では預金の流出が相次いでいるそうですが、それもそうした不安の表れです。

最悪の事態は回避へ、しかし…

こうしてようやく最悪の事態は回避される見通しとなりましたが、それではこれでギリシャ問題はもう解決と言えるのでしょうか。たしかに当面は危機が回避されるでしょうし、それによる世界市場の動揺も一応は収まるでしょう。しかしまだまだ火種は残っています。

その1つは、国内の「反緊縮派」を説得できるかということです。政権与党の内部には反緊縮の強硬派が多くいるため、今回の財政改革案に反発する動きが出ることも予想されます。与党の急進左派連合はもともと数多くのグループの連合体ですので、"造反"が出る可能性もあり、場合によっては議会の解散・総選挙といった展開もあり得ます。

第2は、6月末を無事に通過できても、その先には長い財政再建の険しい道が続くということです。今回の改革案はとりあえず6月末を乗り切るためのものであり、それを通過しても7月以降の資金繰りはなおも厳しい状況が続きます。改めて7月以降の金融支援についての協議が必要となります。

このように、根本的には問題は何一つ解決していないわけで、ギリシャの財政再建に向けて中長期的なきちんとした道筋が描けなければ、再び危機や混乱が広がるリスクが依然として横たわっているのです。

ギリシャが新たな地政学リスクに - ロシアに急接近・中国の動きも気になる

その中で懸念されるのは、ギリシャが新たな地政学リスクとなりつつあるということです。チプラス首相は政権発足直後からロシアに急接近する姿勢を見せてきたことは、以前にこのコラムで指摘した通りです。最近では、先週末にもロシアを訪問しプーチン大統領との会談で親密ぶりをアピールしていました。両国は、ロシアからギリシャ経由で欧州に到る天然ガスのパイプライン建設でも連携を深めています。

チプラス政権のこの動きは「EUが助けてくれなくても、ロシアがいる」と言わんばかりです。ここまで来ると、「どうせ金融支援交渉を有利に進めるための駆け引きだろう」と軽視してはいられない状況で、明らかにEUの方針を逸脱しています。

さらに中国の動きも気になるところです。首都アテネの近郊にピレウス港という同国最大の港がありますが、すでにここに中国の海運会社が巨額の投資を行いコンテナふ頭の運営権を取得済みなのです。ピレウス港はギリシャ海運の表玄関、欧州に向かう海上輸送の入り口に位置する戦略拠点となる港で、前政権時代に民営化の方針が決まり準備が始まっていました。チプラス政権になって民営化を停止していましたが、最近になってEUの金融支援に向けた譲歩の一環として民営化再開の方針を決めました。具体的には、売却先を入札で決めるのですが、前述の中国の海運会社が入札に参加しています。入札の結果によっては、同国最大の港湾を中国資本が抑えることになるわけです。

チプラス政権のこのような中ロ接近策は単なるポーズとも言えない可能性があります。そうなりますと、ロシアや中国がEUの内部に足がかりを築くことになり、EUの結束にもひびが入りかねません。今回のギリシャとEUとの交渉で一時は感情的な対立にも発展しただけに、今後の関係修復が極めて重要だと言えるでしょう。このように今後もギリシャ情勢から目が離せません。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。