航空運賃は利用者のさまざまなニーズに合った流動的な設定が必要となる(写真はイメージ)

前回は国内航空運賃の歴史に触れ、今日では「ビジネス路線」「新幹線競合」「独占路線」「観光路線」など需要の特性にあった運賃設定が可能になったことを説明した。そこで各社は、需要と運賃との関係を図式化した「需給曲線」を用いながら運賃を設定しているわけだが、今回は各航空会社が運賃を決める視点と目的について考えてみよう。

「レベニューマネジメント」で最大収入を

単純化しすぎて恐縮だが、図を用いて解説しよう。図1が2000年頃から国内路線でも導入されるようになった、需要に合わせて販売する「レベニューマネジメント」の基本コンセプトだ。参考までに、図2がそれ以前の運賃と収入の関係である。とてもシンプルだったことが一目瞭然だ。

図1: レベニューマネジメントの基本コンセプト

図2: レベニューマネジメント導入以前の「一物一価」の基本コンセプト

一言に"需要"と言っても、「質の高いサービスを受けられるなら喜んで相応の代金を払うエグゼクティブ」「便の変更が自由にできるなら多少高く払ってもいいビジネスマン」「時期が近くなってから行動時間が決まる旅客」「早くから旅行に行くことは決まっているが、費用の安いところを探している旅行者」などと、それぞれの質は異なる。

図1のように多様な運賃を使うことで、それぞれが「払ってもいいかな」と考える運賃をうまく配合して各運賃での購入に多くの旅客を誘引し、1便の収入を最大にしようというわけだ。画一運賃だけの時代との得られる収入の違いは両図の面積の差そのままに歴然であり、運賃体系決定の根幹はここにある。

JAL・ANAで値下げ合戦が起きない理由

問題はここからだ。それぞれの特性を持つ旅客に対していくらの運賃を課すのが正解なのか、である。

普通運賃や主流の特割系は燃料・物価等を反映して徐々に値上げされ、このトレンドと航空会社間の競争、新幹線競合の具合でほぼ落ち着きどころが決まってくる。東京~大阪線の平均的な実売価格が新幹線との対抗上20年間あまり変わっていないのに対し、航空需要が強い路線はJAL・ANAの大手2社のあうんの呼吸で決まっていく。

大手2社だけの路線であればそこで平均的な利用率を稼げば十分な利益が出るようにと思い、両社は同じ運賃になっていく。相手を出し抜こうと安い運賃を設定すればすぐに追随されるだけなので、大手2社間での値下げ合戦は基本的に起こらないのだ。

スカイマーク参入と国交省の介入

これに波風を立てたのが新規参入したスカイマークだ。羽田~福岡/札幌線に大手2社を大きく下回る低運賃で参入し、価格弾性値の高い旅行者層を取り込み始めた。一方、大手2社はスカイマーク便の前後便だけを値下げして同程度の運賃で対抗し、体力勝負に持ち込もうとした。さすがに国交省が介入し、「新規会社の飛ぶ便の前後だけ値下げすることはまかりならん」との行政指導を行い、大手2社は選択を迫られた。

大手2社はその後のスカイマークの利用率が8割超であることから、「これ以上旅客を奪われても、あと相手供給量の10%分がせいぜい。ならば路線全便で運賃単価を上げ、総収入を上げた方が得策」との結論に至り、「便狙い撃ち割引運賃」は姿を消した。

この余波は今も残り、「大手2社は新規会社を下回る割引運賃を設定できない」という行政指導が厳として残っている。「これでは本当の競争ができない」と大手担当者の不満があるとの見方もあるが、新規会社がほぼ大手系列下にある今、現実的には「程よい落ち着きどころ」と思っている業界関係者がほとんどである。

スカイマークの参入は国内航空運賃に新しい動きをもたらした

JAL・ANAは本格的なレベニュー管理システムを導入

図1に戻ろう。最大の収入を得る上でのポイントは、価格弾性値の高い=安ければ買う層を抱える早期購入割引(旅割系バーゲン)の価格・期間・席数設定と、事前割引特割系の席数設定にある。

安ければ多くの人が買うのは当然だがあまりそれを安く長く引っ張ると、もともとより高い特割系であっても買おうと思っていた人がバーゲンで購入してしまう。その結果、本来もう少し高く買ってもいいと思っている人も安い運賃にシフトし、最適な運賃で販売することができずに総収入が下がるという構図になる。

バーゲンでの購入者が増えた場合。図1との総面積(総収入)と比べて総収入が減少していることが分かる

理論上は安売りし過ぎ、となるのだが現実はもっと複雑だ。なぜなら、例えば「安すぎたし、売り出し期間が長過ぎて収入を逃した」と言われた運賃担当者が、「この安さ、売り出し期間だったからこれだけ売れて利用率が80%を超えた。そうでなければもっと旅客も収入は減っていたはずだ」と反論した場合、どちらが正しいのかを客観的に判定するデータがないのだ。これでは議論は終結しない。これをきちんとするためには、客観的データにより路線ごとの需給曲線を正しく知ることこそが、運賃設定を論理的・実効的に行えるための条件なのだ。

このために、大手2社は本格的なレベニュー管理システムを導入している。市場を正確に知る・評価するには過去のビッグデータが蓄積されなければできないし、データを年間通じた一日一日の持つ要素に従い分解し、最適な運賃設定・売座席数設定を行うには高度なシステムに頼らざるを得なくなっているというのが現実なのである。

LCCはクレーム承知で間際割も

スカイマークのような新興航空会社各社はそのような高コストのシステムを持つ余裕もなく、また、蓄積データも十分にないので、いまだ経験則と勘に頼っている側面は否めない。一方、後発参入したLCC(低コスト航空会社)はどうか。ピーチ・アビエーションやジェットスター・ジャパンは最初からレベニューマネジメントシステムを使っているようだが、LCCの収入最大化手法は大手とはかなりコンセプトが違う。

LCCは大手とはまた違った運賃のコントロールが必要になる

大手のシステムは安い運賃の出し方をうまくコントロールし、いかに間際になって高い運賃で買わせるかを理念としている。他方LCCは、「安ければ乗ってみようか」という価格弾性値の高いきまぐれな層が相手なので、まずは席を埋めることを第一に考える。便当たり収入を最大化するという目的は同じなのだが、埋まり方が悪いと先に高値で買った旅客のクレーム承知で再度安売り運賃を出すし、間際割なんていうのもある。

つまり、LCCは最初に高い利用率を維持し、じりじり看板のバーゲン価格を上げていく戦略だ。アイキャッチの「990円」などは話題づくり、路線への注目を集めるツールでしかなく、LCCの正念場も後半の運賃レベルをいかにうまく設定するかなのである。

LCCのシステムには日本市場から生のデータインプットは少ないが、欧米アジアLCCでの慣れ親しんだやり方をシステム会社がしっかり類型化し、日本市場向けにアレンジして使っているところもある。また、再建中のスカイマークもようやく運賃管理システムの導入に向かうようだ。

いまや運賃はコンピューターが決めている、というのもひとつの現実だが、これからは「データ&システムと人間のアイデアの融合」が収入の勝負を決める時代になるのではなかろうか。

筆者プロフィール: 武藤康史

航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。