テロリスト、新興宗教、軍事スパイ……といった国家を揺るがす規格外の事件に立ち向かう“規格外の才能たち”の活躍を描く『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』(関西テレビ・フジテレビ 毎週火曜21:00~21:54)は、『SP 警視庁警備部警護課第四係』や『BORDER警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係』など、ヒットドラマを生み出した直木賞作家・金城一紀の原案・脚本によって、高水準のクライム・サスペンスとして順調に進行している。

主人公たちの追う事件は、ドラマの中で出てきた言葉「革命無罪」「造反有理」ではないが、犯人の動機に同調の余地ありまくり。視聴者に問題定義するかのような結末で、はい、事件解決しました、良かった、良かった、というシンプルさではない分、観る者を選ぶのではという心配をはねのけて人気を保っている。その理由は、脚本の確かさはもちろん、主演の小栗旬の力によるところが大きいといえるだろう。

”揺らぎ”が魅力の小栗

小栗旬

規格外の人物たちを描いたドラマではあるが、その中心にいる小栗旬は、規格外になり過ぎない。それがドラマを見やすいものにしている。

小栗旬演じる稲見は、極めて腕利きの捜査官だが、女癖は悪い。行きつけのバーがあって、そこで知り合った女子をたびたびお持ち帰りしている。その方法は、何かちょっと気の利いたことを言って相手の歓心を買うことだ。ニーチェなども読んでいる教養ある稲見だが、火曜21時のドラマで、あまりに気取られ過ぎても鼻白む。だからといって、あまりにベタにちゃらい兄ちゃんでも、金城ドラマらしくない。小栗旬は、そのどちらにも行けるが、どちらにも行き過ぎないように、やじろべえのようにバランスをとっている。実際、高いビルの屋上のへりを平均台を歩くようにしているスリリングな場面もあった。まさに、そんな感じだ。

金城一紀が、小栗のその資質に当てて描いているのか、金城自身が、視聴者への程よいバランス感覚に長けているのかわからないが、1話で女性と次々寝てはすぐに捨てている遊び人に見せながら、あっという間に、その化けの皮ははげていく(いい意味で)。そこもじつに程よいのだ。

4話で知り合った女性・松永さん(野崎萌香)とは簡単にそういう関係にはならず、BAR 40886のバーテンダー(芹澤興人)が「大切にしてるんだ」と感心する。無理してケダモノぶらないし、無理してストイックにもなり過ぎない。修行僧のような圧倒的なストイックさは西島秀俊にまかせて、小栗旬は揺らぎ続ける。

小栗がかつて主演したドラマ『BORDER』の役は、あっちの世界(光)とこっちの世界(闇)との境界で苦悩していた(その結果……という終わり方は衝撃的だった)。『CRISIS』の稲見にもそういう部分がある。かつての職場で地獄のような体験をした彼は、どうやら無理して飄々と振る舞っているだけで、内面では激しく葛藤している。ともすれば、想像を絶するほどの深い闇に落ちてしまうところを、必死で重心をそちらに傾け過ぎないように踏ん張っている、その揺らぎが役を魅力的に見せる。

左から野間口徹、田中哲司、小栗旬、西島秀俊、新木優子、長塚京三

ポップさと演劇的な下地

金城作品の役に限らず、小栗旬の仕事のスタンスは、どっちに傾くかわからないところがあるように思う。

まず、夏に公開を控える『銀魂』の主演をはじめとして、過去にも『ルパン三世』『信長協奏曲』『クローズZERO』『花より男子』など枚挙にいとまがないほど、たくさんの人気漫画原作の主人公を演じ続け、ほぼヒットさせてきた。もともと漫画が好きで、十数年前は、役作りにゲームキャラのイメージを取り入れるようなことをしていた小栗は、2次元の世界を表現できるポップさがある。背がしゅっと高くて、マントやスーツをかっこよく着こなせるスタイルの良さも強みだ。ただ、これだけだと、手当たり次第に人気漫画の実写化を引き受けている見栄えのいい俳優というイメージで終わってしまうところ、小栗には、もうひとつ違った面がある。演劇的な下地に関する信頼感だ。

彼は、蜷川幸雄の演出で、シェイクスピアからカミュまで古典的な戯曲を演じたり、『CRISIS』で共演している田中哲司とは、映画『ラストサムライ』や『007:スカイフォール』『007:スペクター』などの脚本も手掛けたジョン・ローガンの書いた現代劇(『RED』)にも挑んでいたりすることで、その演技に裏付けが保てている。なにかとペダンティックなところのある金城作品を背負う基礎力も備わっているともいえる。金城ドラマは派手なアクションも重要だが、肉体派なだけだと金城作品はつとまらない。やはりある程度の教養が大事なのだ(若干、中二病的な蒼い教養ではあるが)。

最近はカラダを鍛えていて、いい感じに筋肉がついてきた。そんな彼が、漫画的な世界にも、インテリジェンスにあふれた演劇的な世界にも極端に与することなく、平均台の上をバランスをとりながら歩いていく。決して自信満々にならず(トークでははきはき自論を語っているけれど)、時にうなだれてポソポソしゃべる仕草は、どんなかっこいいアクションよりも、どんなペダンティックな言動よりも、相手を落とす力がある。

境界線上で揺れる小栗旬に心惹かれる気持ち。これはきっと、ひとつの“吊り橋効果”に近いのだ。

■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、構成した書籍に『庵野秀明のフタリシバイ』『堤っ』『蜷川幸雄の稽古場から』などがある。最近のテーマは朝ドラと京都のエンタメ。